ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

J.G. Farrell の “The Siege of Krishnapur”(2)

 今回はほんとうは Muriel Spark の "The Driver's Seat"(1970 ☆☆☆★★)の落ち穂ひろいをする順番なのだけど、前回の "Troubles"(1970)の流れで、どうしても表題作(1973)から先に片づけないといけない。それぞれ Farrell の Empire Trilogy に属し、どちらもブッカー賞史上、屈指の名作だからである。
 まず両書の比較からはじめよう。ぼくの評価では "Troubles" は☆☆☆☆★、"The Siege of Krishnapur" は☆☆☆☆。★ひとつ(約5点)のちがいはなにか。
 簡単にいうと、ハナから結末の予想がつく点では共通しているものの、途中経過がケタはずれにおもしろい "Troubles" にたいし、"The Siege of Krishnapur" のほうはそれが若干落ちる。奇想と常識の差といってもいいだろう。
 後者の冒頭二ページめにこんな記述がある。The first sign of trouble at Krishnapur came with a mysterious chapatis, made of coarse flour and about the size and thickness of a biscuit; towards the end of February 1857, they swept the countryside like an epidemic. / One evening, in the room he used as a study the Collector, Mr Hopkins, opened a dispatch box and, instead of the documents he had expected, found four chapatis. (p.10)
 この Krishnapur はインドの架空の町なのだが、取りかかった時点では実在するものと思っていた。ともあれ、ここはイギリスの cantonment であり、そのトップにいるのが収税官 Hopkins。やがて上の trouble が東インド会社の傭兵 sepoys の反乱へとつながり、Hopkins が Krishnapur で籠城戦を指揮することに、とそんな流れになりそうなのは序盤早々、読みとれる。だから途中、ものすごい戦闘があって、最後は……。
 上に「ハナから結末の予想がつく」と書いたけれど、じつはその最後だけ読み切れなかった。Hopkins たちの玉砕か勝利か。しかしこれは、ぼくが史実を知らなかったためである。知っていれば、最後の最後まで見通せる話だったろう。
 その史実とは、1857年から同58年にかけて起きたインド大反乱。昔はセポイの反乱といったそうで、それなら本書の邦題と同じだから聞きおぼえがあった。この反乱収束とともにムガル帝国が消滅し、同77年にはヴィクトリア女王インド帝国の皇帝となり、名実ともに大英帝国が誕生。なんてことは、レビューを書く段になって急遽仕入れた知識です。

 だから読んでいる最中はとにかく、玉砕か否か、ということが最大の関心事だった。実際、激しい戦闘がはじまり、悲惨な籠城生活がつづく。ひょっとして最後はやはり……。
 しかしこれ、戦争小説としては定番の流れである。Farrell はそこにいろいろな工夫をほどこし、変化をつけているのだけど、その工夫もまた定石といえば定石。ゆえに奇想天外な "Troubles" より「若干落ちる」。
 おのずとぼくも小休止をとりがちになり、玉砕つながりで、硫黄島アッツ島などの激戦を思い出した。そんな局地戦どころか、そもそもあの戦争自体が最初から玉砕を想定したものではなかったか、実際はどうなんだろう。
 そこで手に取ったのが、阿川弘之の『井上成美』。どうしてこんな本のことを忘れていたんだろうとフシギに思えるくらい知的昂奮をおぼえ、"The Siege of Krishnapur" のほうは最終章の前で大休止となってしまった。(この項つづく)

井上成美 (新潮文庫)