ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

J.G. Farrell の “Troubles”(1)

 きのう、Lost Man Booker Prize(2010)の受賞作、J.G. Farrell(1935 - 1979)の "Troubles"(1970)を読了。同賞は、ブッカー賞の対象年度の変更により受賞作のなかった70年刊行の作品を対象としたものである。さっそくレビューを書いておこう。

Troubles (W&N Essentials)

[☆☆☆☆★] 書中なんどか出てくる単語でいえば、absurd な悲喜劇だ。その最大の特色は「不条理なおかしさ」である。それが三つのトラブル(問題)に反映されている。まず、第一次大戦後、インドやエジプトなど世界の各植民地で現われた大英帝国崩壊の兆し。とりわけ、本書は独立戦争さなかのアイルランドが舞台とあって、田舎町のホテルでもテロと報復の連鎖が話題になる。激論も戦わされるが茶番の様相もあり、おかしい。つぎに、そのホテルが「マジェスティック」という立派な名前とは裏腹に、これまた崩壊の一途をたどっている。管理の不備・施設の老朽化はもちろん、たくさんのネコが館内を走りまわったり、経営者のエドワードが子ブタの飼育に精を出したり、やはりおかしい。そのホテルを訪れたのがイギリス人の少佐ブレンダン。エドワードの娘でフィアンセのアンジェラと会うのが目的だったがほとんど会えず、アンジェラの友人サラを見そめて軽くあしらわれたり、エドワードに代わって経営に奔走したり、またまたおかしい。ほかにもホテルの客や従業員、エドワードの知人などが入れ替わり立ち替わり狂騒劇に参加。きりきり舞いのブレンダンの日常を通じて、この時代に大きく変動した国家と地域社会、個人の運命がみごとに浮かびあがってくる。それは戦争が背景にあるだけに悲劇だが、そこで翻弄される人びとの営みは喜劇である。実際、ブレンダンは悲劇と喜劇がないまぜになったような事件に巻きこまれて終幕を迎える。不条理なおかしさ、ここにきわまれり。傑作である。