ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Ron Rash の "One Foot in Eden"

 この時期、現代英米小説のファンなら全米図書賞に関心を向け、例えば今年の本命と目される Denis Johnson の "Tree of Smoke" を読むべきかもしれないが、ぼくは何しろ文学ミーハーに過ぎないので、読まず嫌いでいこうと思っている。それより、今年に限らず、アレックス賞の受賞作でまだ読み残している本がいくつもあるので、それをぼちぼち読んでいきたい。昔から小説は女子供の読むものと言われているように、小説には本来、童心に訴える要素が多々ある。その意味で、12歳から18歳までのヤングアダルト向けの推薦図書を選ぶこの賞は、大人も子供も楽しめる良書の宝庫として、日本でももっと注目されるべきだろう。2000年には Kent Haruf の "Plainsong" も受賞しているくらいなのだから。
 さて、今年のアレックス賞は周知のとおりだが、http://www.ala.org/ala/yalsa/booklistsawards/alexawards/alex07.cfm このラインアップのうち、ぼくが読んだのはまだ二冊、Sara Gruen の "Water for Elephants" と Diane Setterfield の "The Thirteenth Tale" だけだ。後者はまあ子供だましみたいなものだが、一方、サラ・グルーエンのほうはかなりいい。アマゾンにもレビューを投稿したが、日本の読者の間でも好評を博しているようだ。ただ、ぼくは受賞作の一つ、"The World Made Straight" を書いた Ron Rash に以前から注目している。彼がメジャーな賞を取ったのは、これが初めてではないだろうか。ぼくが読んだことがあるのはデビュー作の "One Foot in Eden" だ。

One Foot in Eden

One Foot in Eden

[☆☆☆★★] アメリカの優れたローカル・ピースは現代に限っても枚挙にいとまがないが、南部文学の有望株、ロン・ラッシュの処女長編もその一つだ。いずれはダムの底に沈むという南アパラチアの山奥で起きた殺人事件を扱っているが、純粋なミステリではない。第一部がいい例で、失踪した人物の捜索と並行して、捜査を指揮する保安官の屈折した人生が浮き彫りにされる。とはいえ、本書が快調になるのは第二部以降、真相説明のくだり。ミステリそのものとは言えないにしても、事件発生に至ったプロセスとその後の展開はサスペンスに満ちていてかなり面白い。何より印象的なのは、保安官の話とも重なるが、ほころびかけた家族の絆を必死に守ろうとする人間の痛切な心の叫びだ。それは同時に、運命のいたずらに翻弄される者の悪戦苦闘でもある。やがて時は流れ、すべてが水底に沈もうとしている日に起きる悲劇。家族の絆と運命がもたらす必然的な結果だが、このクライマックスへとなだれこむ過程は迫力満点、息をつくひまもない。深い余韻を残す後日談にいたるまで、五人の異なる話者が家族の運命という統一したテーマを織りなす構成も見事で、抜群のストーリーテリングといい、これが処女作とはとても思えないほどだ。近作は未読だが、さらに陰影に富んだ人物像の提示があることを期待したい。高校の先生が目くじらを立てそうな文法違反の南部方言が随所に見られるが、特に読解に困るほどではない。

 …これまた投稿レビューだが、ダムの人造湖が最後に出てくるので、「レイクサイド・サーガ」の番外編と言える。面白いのは、ミステリでこそないものの、ユニークな死体処理トリックが出てくること。明らかに殺人が行なわれたはずなのに、死体がどこにも見つからない。さて、どこに隠したのでしょう、というやつだ。未確認だが、本書のトリックは江戸川乱歩の類別トリック集成にも載っていないような気がする。
 ともあれ、大げさに言えば存在の根底を揺り動かされるような作品ではないものの、いつもドストエフスキーメルヴィルばかり読んでいたのでは疲れてしまう。その点、ロン・ラッシュは詩も書いているだけあって比喩表現が美しいし、なにしろ日本では陽の目を見そうにないローカル・ピースということで、田舎者の僕はこんな小説を読んでいるときが本当に楽しい。
 今回も前置きが長くなってしまったが、実は、今年のアレックス賞にもローカル・ピースが混じっている。Ivan Doig の "The Whistling Season" だ。電車の中で読んでいるだけなのでまだ読了していないが、実にすばらしい作品である。今日はとりあえず、アレックス賞万歳!とだけ言っておこう。