ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

"Marilynne Robinson の "Gilead" と Monica Wood の "Any Bitter Thing"

 全米批評家協会賞の発表が近づいてきた。未読なのに山勘で Marianne Wiggins の "The Shadow Catcher" に期待しているのは前に書いたとおりだが、今日は昔の受賞作(2004)のレビューでお茶を濁しておこう。これは2005年にピューリツァー賞も受賞している。

[☆☆☆☆] ひとは死を覚悟したとき、なにを思い、どう行動するのだろうか。おのが人生の要約たるべき終活を題材にした作品のなかでも、本書は屈指の名作である。舞台はアイオワ州の架空の田舎町ギリアド。心臓に異変を感じた老牧師ジョンが、再婚相手の若い妻とのあいだに生まれた幼い息子宛てに、長大な手紙を書き綴っていく。単純な設定だが、それだけになおさら息子や妻にたいする愛情と、遠からぬ死を悟って揺れ動く心境がストレートに伝わってきて胸を打つ。主人公が牧師であるため、思索が信仰や神学に及ぶところが日本の読者にはひとつのハードルかもしれないが、愛と死をめぐる悩みと、それでいて澄み切った人生の観照は、いわば文化の違いを超えた普遍のテーマであり、赤裸々でかつ抑制された筆致とあいまって熟読玩味に値する。派手な展開はいっさいない。それどころか、通常の意味でのストーリーさえ存在しないといってもいい。ジョンは上の息子のほか、同じく牧師だった父親や祖父、亡くなった最初の妻と子どもたちとのふれあい、新しい妻との出会いなどもふり返る。そうした回想から、貧困や人種、戦争と平和など大きな問題の考察へと発展し、そこにアメリカ社会の縮図が見てとれることもあるが、なんといっても感動的なのは、ジョン自身が日常生活のささいな出来事に驚き、ふつうに生きることのすばらしさを真剣にわが子に伝えようとしている点である。神は細部に宿るのである。死に臨んでなすべきこととは、自分がなにを考え、どう行動したか、要するに、いかに生きたかを愛するひとに語り聞かせることかもしれない。自分が語るに足る人間であり、最期の話相手が存在するように生き、死んでいきたいものである。

 05年の "The March" は未読だが、ここ数年の受賞作を見るかぎり、全米批評家協会賞は相当に高い水準を維持しているのではないか。04年の本書も出色のできばえで、アマゾンに上のレビューを投稿したときは4つ星の評価にしたけれど、本当はとても愛着のある作品で、時間があれば再読したいくらいだ。出だしの数行を拾い読みしただけでも、幼い息子を思う牧師の胸の内が切々と伝わってくる。
 唯一の減点材料は、宗教的に日本の一般読者にはなじまない部分があること。些末な問題だが、いまだに翻訳が出ていないところを見ると、やはり売れ行きが期待できないのだろう。この日記で採りあげた作品にかぎっても、Steff Penny の "The Tenderness of Wolves" をはじめ、いわゆる「文芸エンタメ系」が早々と翻訳される一方、本書のように優れてはいるが地味で劇的な展開のない作品はお蔵入り。こういう取捨選択は出版界の不況以前からなされていることで、大げさに言えば、日本の文化水準の低さを物語る一例かもしれない。
 とりわけ本書のように宗教色の濃い作品は不遇で、ミステリを除けば、神父や牧師が主人公の文学作品で最近紹介された例は寡聞にして知らない。Monica Wood の "Any Bitter Thing" にしても、日本では陽の目を見ることはないのだろうか。 

[☆☆☆★★★] 読んでいて何度か不覚にも落涙しそうになった。特に後半。題名とはやや異なり甘酸っぱい、しみじみとした余韻を残すヒューマン・ドラマの秀作である。轢き逃げに遭った女性が意識を失っている間、幼い頃に死別した育ての親である叔父の姿を夢に見る、というのが第一部。神父だった叔父の回想が混じるのは定石として、途中までまったく展開が読めなかった。事故現場から立ち去った発見者の身の上話や、学校のカウンセラーである女性が問題児と接する場面、気まずくなった夫との関係など、愛を求めながら愛に傷ついた人物が次々に登場する現在の物語。どのエピソードも苦い味わいながら真情がこもっていて印象深い。その一方、話が拡散する余り、いったいこの先どうなるのだろうと思っていたら、中盤、劇的な展開が待っていた。そこから実は結末が見えるのだが、さらにもう一つ予想外の事実が明らかになるなど、そう簡単には幕が下りない。それどころか、女性と叔父の物語を柱に、周囲の人物の人生航路も含めて、愛の喜び、悲しさ、美しさが切々と綴られ、感動的なメロドラマに仕上がっている。語彙的には難易度の高い口語表現が頻出するが、決して難解というほどではない。

 同じく昔のレビューである。これは "Gilead" よりもずっと物語性の豊かな作品であり、その意味でも「面白い」。モニカ・ウッドは短編なら紹介されている作家のようなので、どこか奇特な出版社が現われることを気長に待つとしよう。