ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Roberto Bolano の "The Savage Detectives"

 ニューヨーク・タイムズ紙選定の年間優秀作品の中から、Roberto Bolano の "The Savage Detectives" を読んでみた。http://www.nytimes.com/2007/12/09/books/review/10-best-2007.html?_r=2&oref=slogin&oref=slogin

[☆☆☆☆] 久しぶりにラテンアメリカ文学の秀作を読み、大いに満足している。ここにあるのはラテアメ独特のマジック・リアリズムではなく、基本的にふつうのリアリズムだ。とはいえ語りの構造はかなり複雑で、時間の流れも交錯。饒舌な文体と相まって、構築された世界はけっしてありふれた現実のものではない。質的にも量的にも本書の中核をなす第二部が典型的で、ここでは話者がめまぐるしく交代。突飛な、はたまた日常茶飯のさまざまな事件が起こる。彼らの多くは当初、メキシコのマイナーな文学関係者であり、第一部と第三部にも登場する、ふたりのアングラ詩人とのふれあいを通じて、現地文壇の実態とメキシコ文学の裏面史が明らかにされる。一方ふたりの詩人は、メキシコを皮切りに、スペイン、イスラエル、はてはアフリカと各地を転々と移動。その人生は破天荒で謎に満ちているが、終幕で明かされる謎に特段の意味はない。詩人たちはとにかく、いろいろな国の人びとと出会い、別れる。この邂逅と別離のくりかえしという展開がじつにいい。そうした些細なできごとの連続こそ、まさに人生なのだと実感させられるからである。

 …ガルシア・マルケスなどのマジック・リアリズムの洗礼を受けた者として見ると、最初は、これが本当にラテアメ文学かと驚くほど「普通の」小説だ。メキシコシティーの大学生が前衛詩人のグループに参加し、女詩人と関係、童貞を失うなど、セックスのエピソードが盛りだくさんで、たしかに面白いことは面白いのだが、青春小説の定番的な話題であり、今ひとつパンチ不足…と思っていたら、二人の詩人ともども、売春婦がポン引きと縁を切る手助けをするあたりから俄然、目が離せなくなる。これが第一部で、形式は大学生が書いた日記。
 その日記が第二部でも続くのかと思ったら、一転、ある老詩人の独白が始まり、以後、上に書いたように話者が次々に交代する。当初はあまり脈絡もないので目を白黒させられるが、ラテアメ文学はこうでないと面白くない。何が何やら訳が分からないまま読んでいくうちにハマってしまうのが彼らの小説なのだ。で、いちおう訳が分かったつもりで読後感を報告したのが上のレビューである。
 正直言って、大作ながら感動巨編というわけではないし、詩人の生態を描いているわりには繊細な感覚が売りでもないし、むろん、現実の地平を超えた異形の空間を創出しているわけでもない。だが、そうした観点から本書にケチをつけるのは筋違いだ。この本の根底には、日常の現実を通じて人生の「意味なき意味」を直感させるリアリズムがある。書中の詩人たちが標榜する「本能的な(直感的な)リアリズム」とは、そういう意味だと思う。この点から見れば、本書はテーマと素材、構成が見事に一致した秀作と言える。
 ここで起きる事件は、おおむね日常的なものである。中には、未発表の書評をめぐって詩人と批評家が決闘をおこなうといった奇妙なエピソードもあるものの、大半はありふれた現実でしかない。男と女が関係を結び、やがて別れる。旅先で人と人が出会い、そして別れる。ただそれだけのことなのに、その後ろ姿にも、見送る者の姿にも人生が感じとれる。「そこには特に意味はない」が、日常の茶飯事が人生なのだいう意味はある。第二部のおびただしいエピソードを追いかけていると、そんな「意味なき意味」を実感せずにはいられない。たぶん、自分も大なり小なり、似たような人生を送っているのだろう、と。
 以上のような解釈は一面的なものであり、この大作にはもっといろいろな要素がある。ユーモアもその一つだし、ノーベル賞詩人、オクタビオ・パスが登場するくだりにも、何か文学的な意図がこめられているような気がするが、ラテアメ文学の門外漢であるぼくにはよく分からない。ともあれ、本書が長編ながら「膨大な短編集」とも言えることは間違いない。ぼくはそのうち、自分の気に入った短編について感想を述べたに過ぎない。
 読了後、ロベルト・ボラーニョが1953年生まれで、98年に本書を発表したあと、2003年、50歳の若さで他界していることを知り愕然とした。その事実と本書の内容を重ね合わせると、彼は生き急いだのではないかという気がする。ラテアメ文学には、カルロス・フェンテスをはじめ、大長編を何作も書いている作家がいるだけに、もっと他の作品も読みたかった。
 例によって映画化の予定があるかどうかも検索してみたが、探し方が悪いのか発見できなかった。ただ、架空の映像を想像しながら既成の映画と較べると、ぼくは本書を読みながら、ジム・ジャームッシュ監督の『ストレンジャー・ザン・パラダイス』や『ダウン・バイ・ロー』を思い出した。とりわけ、後者の不思議な白黒映画の世界は本書にぴったりだ。あれに骨太のストーリーをからませる力量のある監督といえば誰なのだろうか。
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