あと少しで Elif Shafak の "The Bastard of Istanbul" を読みおわるところだが、今日は先週の続きで、Sue Miller の "Lost in the Forest" について。
Lost in the Forest: A Novel (Ballantine Reader's Circle)
- 作者: Sue Miller
- 出版社/メーカー: Ballantine Books
- 発売日: 2006/07/25
- メディア: ペーパーバック
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…例によって昔のレビュー。06年のオレンジ賞のロングリストに選ばれた作品だが、先週採りあげた Charlotte Mendelson の "When We Were Bad" や、Edward St. Aubyn の "Mother's Milk" と較べると少々落ちる。冒頭から事件が起こり、物語の渦中にどんどん引きこまれていく点では申し分ないのだが、それは「文芸エンタメ系」のノリであって深みがない。
離婚、伴侶の死、子供の悩み…たしかにどれも深刻な事態だし、次々に起こる家庭の悲劇を手際よくさばいていくスー・ミラーの書きっぷりは実に鮮やかだ。が、心理描写はいささか図式的で、たとえば、娘の「揺れ動く心情」を「丹念に描」くところまではいいのだが、普通の人間なら当然持っているはずの内面的な矛盾を明示し、その矛盾について読者にじっくり考えさせるほど深く掘り下げることはない。そもそも、本書の登場人物はすべて、程度の差こそあれ善人ばかり。悪の要素がなければ、本質的な矛盾も生じようがない。それゆえ、どんなに「深刻な事態」であっても「コップの中の嵐」と言わざるを得ないのである。
その点、メンデルソンは、自分の書く事件がしょせん「コップの中の嵐」に過ぎないと割り切った上で、ユーモアあふれる筆致で家族愛を訴えているし、オーバンの場合は、同じ認識のもとに、「戯画的なまでにデフォルメした人物を登場させ」ることで「風刺の効いた狂騒劇」を仕上げている。つまり、ストレートに家庭の悲劇を描いているぶん、スー・ミラーは底の浅さが目立ってしまったわけだ。
…とまあ、あれこれ文句をつけたが、けっこう夢中で読んだのは事実だし、いっそのこと最後まで「文芸エンタメ系」に徹すれば、もっと面白い作品になったものと思う。それなのに結末を妙にひねってしまったのは、作者自身、軽いノリが気になった証拠ではないだろうか。