ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

William P. Young の "The Shack"

 今週もニューヨーク・タイムズ紙の No.1ベストセラー、William P. Young の "The Shack" をやっと読みおえた。

The Shack

The Shack

[☆☆☆] 作者の友人が実際に体験した話という設定で語られる愛と救済の物語。舞台はオレゴン州の田舎町。冬の朝、友人のもとに「パパ」から小屋で会おうという手紙が届き、悪夢がよみがえる。4年前の夏、家族でキャンプをしたとき、山中の小屋から幼い娘が何者かに誘拐され、殺害されるという忌まわしい事件が起きたのだ。「パパ」とは神の愛称で、半信半疑、雪に閉ざされた小屋を訪れると、なぜか季節は夏に変わり、神とキリストと聖霊が現われる。…と、ここまではサスペンスがあって非常に面白い。が中盤、神はなぜ愛娘を見殺しにしたのか、要するに、善なる神がなぜこの世に悪の存在を許すのか、という弁神論の話題になると、宗教にあまり関心のない読者はページをめくるスピードが鈍るはずだ。その弁神論も、神を信じ、神を愛し、神と共に生きることが大前提で、ロジカルなものではない。だが、娘を失った悲しみから立ち直る姿を描いた終幕はなかなか感動的で、宗教に関係なく、ほろりとさせられる。英語は標準的で読みやすい。

 …シノプシスから判断して、何やら胡散臭いヒーリング系小説という感じがして今まで敬遠していたが、何しろハードカバーの時から長いことベストセラーになっているので、つい好奇心をくすぐられてしまった。
 結論から先に言うと、べつに大した小説ではない。キリスト教関係を除けば、日本の出版社が飛びつく可能性も少ないものと思われる。中盤の宗教的、神学的な話が日本の読者にはなじみが薄いからだが、その点を度外視すればけっこう面白い。が、神の愛にもとづく魂の救済は本書の根幹をなすものであり、それを無視して評価することはできない。
 ぼくが中盤、少し考えこんでしまったのは、このようなヒーリング小説がもてはやされる理由は何なのか、ということだ。アメリカは今、イラク戦争における戦死者が増え、サブプライムローン問題で経済が停滞し、ガソリン代の高騰で日常生活にもしわ寄せが来るなど、実態はよく分からないが、いろいろな面で閉塞感があるかのように見える。その閉塞感ゆえ、こういう単純な救済の物語が熱心に読まれているのだろうか。
 弁神論といえば、プラトンセネカライプニッツデカルトなど、古来、西洋の哲学者が頭を悩ませてきた問題であり、そんな大問題がここであっさり解決されるはずはない。そういう色眼鏡をかけて読むと、中盤における男と神の対話は哲学者たちの悪戦苦闘とはまず無縁のもので、きわめて情緒的な「論旨展開」だ。宗教的ムードたっぷりではあるが、その宗教が信じられない者には説得力がない。逆に言えば、今のアメリカはこんな宗教を求めているのか。いや、ピルグリム・ファーザーズの時代以来、アメリカは宗教国家であり続け、今日でも国民の間にキリスト教が根強く浸透しているということなのか。
 ひるがえって、日本では、これほど宗教色の濃いヒーリング小説は少ないのではないか。もう何年も日本の小説を読んだことのないぼくだが、昔の記憶をたどってもちょっと思いつかない。しかしながら、神仏に頼らない魂の救済なんぞあるのだろうか。…などなど、この "The Shack" を読むと、フィクションとしての興味とは別に、あれこれ人生について考えることだけは間違いなさそうだ。