ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Patrick Modiano の “Villa Triste”(1)

 ご存じフランスのノーベル賞作家、Patrick Modiano の "Villa Triste"(1975)を読了。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆★★] あの夏、ぼくは18歳。アルジェリア戦争の災禍を逃れ、遠くにスイスを望む湖畔の町で無為の日々を過ごすうち、美しい娘イヴォンヌと出会った……。定番の話だが、それが叙情の名手モディアノの筆になると、たまらなく切ない。カフェやホテル、別荘など街の風景が記憶の霧の彼方から浮かびあがり、さびれたいま目前の景色と二重写しになる。にぎやかな声が沈黙と重なる。忘れえぬ人びと。永遠に光り輝く、はかない一瞬。無粋を承知で分析すると、〈朦朧法〉とでも呼ぶべき技法が奏功している。「ぼく」は名前と身分を偽り、イヴォンヌも付き添いの男も過去を語らず、男は危険な香りを漂わせるが正体は不明。肝心な点ほど謎につつまれ、少しずつおぼろに見えるだけ。それが政治情勢の不安と青春の不安、そして「ぼく」がイヴォンヌと過ごしたアンニュイな日々とみごとにマッチしている。至福のひとときも、ほとばしる情熱もすべて、過去と現在のあいだをたゆたう霧のなか。モディアノ節に酔いしれる佳篇である。