昨日の雑感に書いたように、スティーヴン・ミルハウザーの新作短編集 "Dangerous Laughter" をやっと読みおえたので、いつものようにレビューを書いておこう。
[☆☆☆★] ひさしぶりにミルハウザーの短編集を読んだが、かなり楽しめる反面、期待したほどではなかった。例によって細部の記述は精緻をきわめ、しかもリアルな描写から異形の世界が見えてくる。巻頭のシュールな「トムとジェリー」風の物語および第1部は、大げさにいえば人間存在の意味をフィクション化したもの。白眉は「闇のなかの少女」とでも題すべき第3話で、ディテールを通じて異次元への扉をひらき、彼方の存在を認識しようとする試みに青春小説の味わいもある。表題作は、笑いという日常的な行動が極端に走って非日常化する物語で、これは、つづく第2部全体についても当てはまる。バベルの塔を思わせる第9話をはじめ、モノマニアックな衝動によって現実が非現実化し、論理が非論理化している。最後の第3部も同じ文脈で、絵に描いたハエが飛びたち、絵中の人物が踊りだし、やがて現実と絵画の世界が溶解する第12話に代表されるように、やはり非現実化、非日常化、非論理化がテーマ。これを支えるのがテーマにふさわしい細密な描写で、まさにミルハウザーの真骨頂。が、通読してみるとワン・パターンが目立ち、なにも3部構成にする必然性はない。しかも意外に内容は深くない。早い話がこれを読んでも、目からウロコが落ちるような人間にかんする発見は得られない。とすれば、こんな異形の世界を創出する意義はどこにあるのだろうか。