ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

James McBride の “Deacon King Kong”(1)

 きのう、James McBride の "Deacon King Kong"(2020)を読了。周知のとおり、ニューヨーク・タイムズ紙が選んだ昨年の年間ベスト5小説のひとつである。また P Prize. com の予想によると、ニューヨーク時間で明日4日に発表される今年のピューリツァー賞「候補作」の第2位にランクイン。さっそくレビューを書いておこう。

 追記:きょう(4日)も P Prize.com には5月4日発表とあるのだが、先ほど同賞HPで確認したところ、6月11日に延期、というのが正式な日程らしい。お詫びして訂正します。 

Deacon King Kong: A Novel (English Edition)

Deacon King Kong: A Novel (English Edition)

 

[☆☆☆★★★] いまや分断の時代が到来し、極端なポリティカル・コレクトネス(政治的正当性)が横行、キャンセル・カルチャー(粛清文化)が猛威をふるっているといわれるアメリカの現状からすれば、ここにはおよそありえない光景が現出している。白人も黒人もヒスパニック系も、キリスト教徒もイスラム教徒も一堂に会して黒人の死を弔う。一瞬にしろ、それは全国民の精神的統合の象徴であり、まるでアメリカン・ドリームが実現した地上の楽園の一幕かと思われるほどだ。ただしこの楽園、実際には麻薬と密輸、暴力と殺人など犯罪の温床でもあり、そうした現実と夢とのギャップから生まれるこっけいさが、本書のスラップスティック・コメディの根幹をなしている。舞台は1969年のニューヨーク、ブルックリンの公営住宅団地。黒人キリスト教会の助祭で、密造酒の銘柄が由来の通称〈キングコング〉が、麻薬密売人の少年を至近距離から銃撃。ところが大酒飲みのキングコングは発砲した記憶が飛び、それどころか亡き妻の幻覚を見てしきりに話しかける始末。そんな冒頭から破天荒、奇想天外な展開がはじまるのはしごく当然で、往年のローレル&ハーディをほうふつさせる掛けあい漫才あり、パイ投げもどきの殴りあいあり。まさに抱腹絶倒ものという陳腐な形容しか思いつかない。その一方、暗黒街のボスや殺し屋などが登場するクライム・ストーリー、あるいは宝探しのミステリ小説へと転じたり、退職まぢかの警官や密輸業界のボス、教会のシスターが内面を吐露、彫りの深い実像を浮かびあがらせたりと、主筋と副筋の判別も容易につかぬほどさまざまな要素が複雑に絡みあっている。それが一気に収斂するのが上の葬儀であり、その後日談で信望愛というキリスト教の三大徳が謳われるところに、分断の時代にたいするメッセージを読みとることもできよう。信仰と信頼、希望、愛情。とりわけ愛情こそ、腐敗した現実を超えようとする夢の源泉なのかも、とそんな夢を見たくなる秀作コメディである。