今日も休日出勤だったが、仕事の合間になんとか本書を読みおえた。さっそくレビューを書いておこう。
[☆☆☆★★★] 第二次大戦中、ベルリンで実際にあった反
ナチス活動を基軸に、恐怖の
全体主義体制のもとで生きる人間がいかに人間としての品位と尊厳を保つかを描いた秀作。活動そのものは、戦争で一人息子を亡くした夫婦が
ヒトラーの非道と欺瞞を訴えた葉書を市内各所に置いてまわるという地味なもので、スリルとサスペンスに満ちた場面がたまにある程度だが(もちろんこれも面白い)、終盤に差しかかるまでの読みどころはむしろ、
ゲシュタポの捜査官もふくめ、夫妻を取り巻く欲望と保身に余念のない小悪党たちの衝突、狐と狸の化かし合いである。これにより、探偵対犯人という単純な図式にさまざまな利害関係が加わり、戦争と
全体主義がもたらす極限状況における人間の醜悪な姿が、時に戯画的なまでにまざまざと浮かびあがる。その多くは今となっては
ステロタイプに近い人物像だが、本書が
終戦直後に書かれたことを考えると、これは実体験にもとづく典型例をいち早く描いたものと言うべきだろう。 しかも、この小悪党たちが醜悪であればあるほど、それとは対照的に夫妻の見事さが際だってくる。人間的な弱みをもつ存在であり、激しく揺れ動きながらも敢然と恐怖に立ち向かい、良心に忠実であることによって心の自由を獲得し、「人間としての品位と尊厳を保」った夫妻。ストーリー自体は定石どおりで単純だが、そういう夫妻の見事な生き方が胸にしみてくる。英訳はドイツ語臭さのないこなれたもので大変読みやすい。