ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Tolstoy の “Childhood, Boyhood, Youth”

 正月休みからボチボチ読んでいた Tolstoy の "Childhood, Boyhood, Youth" を昨日、やっと読了。15年ぶりの再読である。さっそくレビューを書いておこう。なお、星数による評価はまったく意味がないと思いつつ、今回もお遊びで採点してしまった。が本来、「お遊び」などと無関係な作品であることは言うまでもない。

[☆☆☆☆] トルストイの自伝小説三部作。実際の生涯とつき合わせると明らかにフィクションだが、その意図もまた明白である。幼年期から青年時代にいたる自分の精神的発達を記録し、それによってみずからの内面を検証。とりわけ、心中にひそむエゴイズムをそれぞれの発達段階に応じて、ごく自然なかたちで描いたのが本書なのだ。それゆえ、事件そのものはフィクションであっても、それを通じて主人公が考え感じたことには非常な説得力がある。たとえば『幼年時代』における母親の死にさいし、主人公の少年は深い悲しみをおぼえながら、同時に美しい娘の姿に目を奪われる。また自分の不幸を意識することで、そこにふと紛れこむ満足感や自己中心的な感情を鋭敏に察知し、正直に報告。まことにリアルな話だが、トルストイが実際、母親を亡くしたのは二歳のときだという。まさに本書は、真実以上に真実味のある自伝小説といっても過言ではない。一方、上のような利己心は必然的に、それを不純なものと感じる純粋な心との葛藤を意味している。つまりここには、トルストイの生涯つづいた道徳的煩悶の萌芽が認められる。こうしたおのれのエゴイズムを誠実に見つめる姿勢は、絶対的な存在である神の前で人間が自己を省察するというキリスト教文化のたまものである。技法的には、ときに現在形のセンテンスをまじえ、実況中継ふうに過去のできごとを再現するなど、とても青年作家の作品とは思えないほど完璧な仕上がり。その思い出の世界にホメーロス的要素を読みとったのがジョージ・スタイナーであることを最後に付言しておきたい。