ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Elizabeth Taylor の “Angel”(2)

 J.G. Farrell(1935 - 1979)の "Troubles"(1970)を読みはじめた。じつはこれ、今年こそ片づけようと年始に決めていた本の一冊。ご存じ Lost Man Booker Prize の受賞作である。
 Booker Prize が創設されたのは1969年で、翌70年まで対象は前年刊行の作品だったが、71年から当年のものに変更されたため、70年の作品は同賞の対象外となってしまった。これを是正すべく、2010年に上の Lost Man Booker Prize が設けられ、かの Muriel Spark の "The Driver's Seat"(未読)などとともに最終候補作に選出、みごと栄冠に輝いたのが "Troubles" である。Farrell が没して、ほぼ30年後のことだった。
 なんてことは2010年当時はまったく知らなかった。ただ、同じ J.G. Farrell の作品でも、 "The Siege of Krishnapur" が73年のブッカー賞受賞作ということは知っていた。同書も長らく積ん読中だけれど、それがそのうち Empire 三部作の第二作とわかり、そこでやっと第一作 "Troubles" にたどり着いた。
 例によって周回遅れの話だが、ともあれ取りかかってすぐに気がついた。モ、モノがちがう!
 どこがどうフツーの出来の小説とちがうのか。今回は一点に絞っていうと、この Farrell、男性作家なのに女性のセリフがとてもうまい。1919年、第一次大戦で負傷しイギリスに帰国した主人公 Brendan 少佐が、フィアンセ Angela の住むアイルランドの小さな町を訪れ、Angela の友人 Sarah と出会う。この Sarah がアイルランド人の立場からイギリス人 Brendan を皮肉り、鋭い突っ込みをいれる。'Ah,' thought the Major, nettled, 'she's cruel ... cruel...'(p.28)いやはや、なんともすさまじい毒舌の奔流で、もっと長く引用できないのが残念!
 ほかにもむろん美点がたくさんあり、とにかくクイクイ読める。こんな経験は最近なかったことだ。ってわりにはいくらも進んでいないのだけど。
 閑話休題。表題作は前にも紹介したとおり、1945年から83年までのあいだに書かれた英米小説ベスト13の一冊という説もある。

 が、ぼくの結論としては、よく出来た作品ではあるが「文学史にのこる傑作ではない」。心配なのでいちおう『新潮世界文学辞典』巻末の年表を見ると、1957年の項に『エンジェル』はなく、本文にもエリザベス・テイラーの記述はない。つまり、少なくとも日本の英文学者のあいだでは、テイラーはまったく無視されたかたちになっている。
 とはいえ、この "Angel" にかんするかぎり、「愛すべきいやな女」というユニークなヒロインを創造したことで記憶にとどめてもいい作家なのではないか。それが「愛すべき悪女」でないところが本書の強みであり、弱みでもある。

 いわゆるフェム・ファタールをはじめ、昔からフィクション・現実を問わず、妖しい魅力で男を惑わす悪女の例は枚挙にいとまがない。Wiki に載っているフェム・ファタール映画のなかで、ぼくがとびきり惹かれたのは『愛の嵐』のシャーロット・ランプリング

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さらば愛しき女よ』にも出てたけど、どちらもひと目見た瞬間、青光りするトカゲのウロコのようなオーラに圧倒されたものだ。あれならどんな善男でも狂ってしまいますよ。

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 そんなオーラが "Angel" の Angel にはない。文学の世界から例を引けば、「このエンジェル、たとえば『従妹ベット』のベットのように猛烈な悪女ではない」。そこが弱み。男を狂わせるほどの魔力がなければ、アンチヒロインとしては落ちる。
 けれども、「傲岸不遜、わがままで鼻持ちならない自信家」、そんな程度のいやな女なら、ほら、あなたのまわりにもたくさんいるでしょう(失礼!)。それを愛すべき存在として描き、しかも小説として読ませる点が本書の強み。非凡なる凡といってもいい。
 なぜ愛すべきか。Angel の「プライドと周囲の評価とのあいだには大きなギャップがあり、それがこっけいで時に哀れを誘い」、「強気で傲慢な顔の裏にも孤独で愛情に飢えた心がかいま見え」る。ゆえにその「末路にただよう哀感は胸に迫るものがある」。
 そんな Angel をフランソワ・オゾン監督作品(2007)で演じたのは、ロモーラ・ガライというイギリスの女優。Wiki によれば、「演技が高く評価され、評論家からは『ミューズ』と呼ばれた。また監督のオゾンは『輝かしい存在』と語った」そうだ。未見だが、どこまで Angel の哀感を表現しているかが評価のポイントかもしれない。