ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Elizabeth Taylor の “Angel”(1)

 ゆうべ、Elizabeth Taylor(1912 - 1975)の "Angel"(1957)を読了。この Elizabeth Taylor は同名の女優とは別人物。本書は2007年、フランソワ・オゾン監督により映画化され、同年日本でも公開されている。邦題は『エンジェル』。さっそくレビューを書いておこう。(なお、このレビューは下の過去記事にも転載しました)。

Angel: A Virago Modern Classic (Virago Modern Classics Book 1) (English Edition)

[☆☆☆★★★] 名前とは裏腹に、天使からほど遠い女エンジェルの一生を描いたアンチヒロイン小説。しかしこのエンジェル、たとえば『従妹ベット』のベットのように猛烈な悪女ではない。たしかに傲岸不遜、わがままで鼻持ちならない自信家だが、そのプライドと周囲の評価とのあいだには大きなギャップがあり、それがこっけいで時に哀れを誘い、愛すべきいやな女という独特のキャラクターを形成している。強気で傲慢な顔の裏にも孤独で愛情に飢えた心がかいま見え、そうした矛盾ないし二重性により、表の顔に反発する敵対者とのせめぎあいや、反発しながらも裏の魅力に惹かれる味方とのやりとりに微妙な陰翳が生まれ、その微妙さゆえにどのシーン、どのエピソードも読みごたえがある。それは鋭い文学的感性と正確な計算のたまものであり、このように洗練された技術の最たる結晶が通俗的ロマンス小説の架空の作家エンジェルとは、小説巧者テイラーならではのみごとな設定だ。上のベットほど破壊力のないエンジェルが引き起こすトラブルはコップのなかの嵐にすぎず、物語としても20世紀前半、ふたつの大戦をはさんだ激動の歴史が背景にありながら小粒の家庭小説。文学史にのこる傑作ではないが、「愛すべきいやな女」の末路にただよう哀感は胸に迫るものがある。それはエンジェルを思う作中人物と読者の気持ちがひとつになった瞬間でもあろう。