ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

J. M. Coetzee の “The Childhood of Jesus” (1)

 ノーベル賞作家 J. M. Coetzee の最新作、"The Childhood of Jesus" を読了。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆★★] 哲学とは「ひとを揺さぶり、ひとの人生を変えるようなもの」であるのが望ましい、と主人公の中年男シモンはいう。ところが、ここで頻繁に出てくる哲学的議論から深い感動をおぼえることはまずない。それが本書の最大の難点である。とはいえ、SFの未来社会のような街で繰りひろげられる物語はかなりおもしろい。シモンと、彼が街に連れてきた少年ダビード。その母親だとシモンが決めつけ、やがて自分もその気になる女イネス。どれも本名ではなく、それぞれ赤の他人だが、三人は紆余曲折のすえ奇妙な家族を形成する。ほかにも、過去を捨てた人間たちが集まる新都市ゆえに、システムとしては能率的だが、無機的で希薄な関係しか結べない社会にあって、偶然の出会いからさまざまな人的交流がはじまる。明らかに現代の世相を反映した寓話といえよう。シモンとダビードの問答を通じて、既存の体制内では異端者だが、真実を洞察して人びとに訴え、それゆえ迫害を受けたイエスの立場が思い出される。タイトルどおり一種の聖書物語らしいくだりである。が、その問答をはじめ、本書における哲学論は、人生の目的をテーマにしたものでさえ抽象的で心にひびいてこない。倫理や道徳にかかわる問題がいっさい無視されているからだ。ダビードもおよそイエスらしくない駄々っ子である。物語をひねりすぎたのではないだろうか。