今年のブッカー賞候補作、Colum McCann の "TransAtlantic" をやっと読了。さっそくレビューを書いておこう。
[☆☆☆★] アメリカの奴隷制時代から21世紀の現代まで、大西洋をわたった人びとの運命的な絆と、それぞれの悲哀と苦悩、喪失の歴史を断片的に綴った〈私的歴史小説〉。前半は完全に独立した短編からなり、統一したテーマは見えない。結果的に番外篇ながら、北アイルランド紛争の和平交渉に尽力した米上院議員の登場する第三話が秀逸。家族を思いやる議員の心情がストレートに伝わってきて胸を打つ。後半、しだいに運命の糸が結びつき、おわってみれば、たしかにこれは長編小説である。とりわけ、ほぼ百年前に書かれたまま未開封だった曾祖母の手紙の内容を、アイルランドの湖畔の家で孫娘が知ったとき、それまで断片にすぎなかった個々の「悲哀と苦悩、喪失」がひとつにまとまり、彼女だけでなく読者もまた茫然となる。その場面をはじめ、簡潔な描写によって感情が凝縮された静かな心象風景がたとえようもなく美しい。そこに家族の絆や、他人との結びつき、運命の糸が端的に象徴されているところもいい。が一方、これは要するに、それだけの作品ともいえる。常識的な内容に終始している点が物足りない。