ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Graham Swift の “Mothering Sunday” (1)

 Graham Swift の最新作、"Mothering Sunday" を読了。あちらのファンのあいだでは、今年のブッカー賞の有資格候補作と目されている。わりと好評のようだ。(追記:本書は2021年、エバ・ユッソン監督によって映画化され、日本でも2022年に公開されました。邦題は『帰らない日曜日』)

Mothering Sunday

Mothering Sunday

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[☆☆☆★] おもしろい叙述形式だ。若い娘ジェーンが後年、小説家となり発表した作品のタイトルを借りれば、「心の目で」ほとんどすべてが語られる。舞台は第一次大戦の傷がまだ癒えぬイギリスの田舎町。メイドとして働くジェーンは上流階級の御曹司ポールと秘密の関係にあり、その母の日も休暇をもらって密会。ところが思わぬ悲劇が起きて彼女の人生は一変する。そんな一日のできごとが、作家であるジェーンの想像や推測、仮定、自問などをまじえた第三者的な視点で回想される。ゆえにこれはただの懐旧談ではなく、現実と心象風景が融合したフィクション、あるいは現実がフィクション化した作品ともいえよう。たしかにメタフィクションらしく、ジェーンは自作の叙述形式について思いをめぐらし、そのさいコンラッドの影響をうけたことも披瀝している。彼女の創作意図は終盤の解説によれば、フィクションのなかにふくまれる真実を見きわめ、言語を通じてものごとの本質や核心に迫り、言葉では表わせぬ世界にまで踏みこむこと。それが作家の仕事なのだというわけで、まさに正論だが、上の一日の事件をはじめ本書の題材はメロドラマ。たいした「ものごとの本質や核心」が暴露されているわけではない。「牛刀をもって鶏を割く」とは、こんなことをいうのだろう。