ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Elizabeth Strout の "My Name Is Lucy Barton" (1)

 北海道旅行3日目。網走のホテルでこれを書いている。
 バスの中で Elizabeth Strout の最新作、 "My Name Is Lucy Barton" を読了。あちらのファンのあいだでは、今年のブッカー賞の有資格候補作に擬せられている。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆★★★] 来しかたをふりかえれば、忘れえぬ人びと。忘れえぬことども。そんな人生の断片を女流作家ルーシー・バートンが静かなタッチで綴った自伝風のスケッチ集だ。物語的な意味での筋書きはほとんどない。が、一貫して流れるテーマがある。愛情、それも家族の愛、隣人愛である。ひとと接するとき、ひとを愛するとき、神ならぬ人間は不完全な接しかた、愛しかたしかできない。そこから不和や断絶、人生の危機がはじまる。そして感受性豊かな人間ほど深く傷つき、傷つくことでさらに愛を求める。そんなとき、たまたま出会ったひとのさりげない優しさが心にしみる。その相手もまた傷つき、悲しんでいることを知り、茫然となる。そういう忘れえぬ瞬間をいくつも経験しながらルーシーは人間的に成長し、作家としての自分の顔を見いだす。本書のエピソードのすべてが感動的なわけではないが、これを読めば、読者もまた主人公と同様、美しい残照のなか、わが人生をふりかえり、自分にも永遠の一瞬があったことを思い出すのではなかろうか。