ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Anita Brookner の “Look at Me”(1)

 Anita Brookner の "Look at Me"(1983)をようやく読了。途中しばらくサボっていたので、新鮮な読後感というわけには行かないが、なんとかレビューらしきものを書いてみよう。

[☆☆☆★★] 小さな説と書いて小説という。その意味で本書はいかにも小説らしい小説である。過去に苦い恋愛経験のある孤独な女が男と出会い、こんどこそと決心。「わたしを見て」と迫るものの、やがて男の心は離れてしまう。平凡な展開だ。が、分刻みといってよいほど微妙にゆれ動く女心の描写がただごとはない。精密、的確、克明。そんな通り一遍の形容ではとても追いつかない。物語は二の次三の次。まるでヒロインの心理がそっくりそのまま複雑なストーリーであるかのようだ。無垢と経験、失意と希望。しきりに愛を求める平凡な自分と、愛を造作なく手にいれる美男美女たちとの落差。そうした対比が、自己分析や周囲の状況判断を通じて次第に明らかになる。深いテーマではない。が、各人物をしっかり造形、その関係と自然な会話のなかで少しずつ物語を進めながら、主役の心の葛藤をクローズアップさせる。こうした手法はまさしく小説そのものであり、小さな説の神髄を見る思いがする。