ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

William Faulkner の “The Hamlet”(1)

 ああ、やっぱりヤマカンどおり、今年の全米図書賞は Sigrid Nunez の "The Friend" に決まりましたね! 

 しかし当面、読書予定はけっこう詰まっている。とりあえず、来年2月に出るというペイパーバック版を待つことにしよう。
 さて、このところ体調不良につき、途切れ途切れに読んでいた Faulkner の "The Hamlet"(1940)をやっと読了。周知のとおり、the Snopes trilogy スノープス三部作の第一巻である。さっそくレビューを書いておこう。 (追記:本書は1958年に映画化、日本でも『長く熱い夜』というタイトルで公開されました)。

The Hamlet (Vintage International)

The Hamlet (Vintage International)

 

[☆☆☆★★★] 体制が崩壊、権威の失墜した混乱の時代ほど人間は人間らしく生きるものかもしれない。本性が現われやすいからだ。ゆえにドラマも起こりやすい。本書にふくまれる短編をフォークナーが書きはじめたのは1931年。以来、約三十年間、彼がスノープス一族の物語にこだわりつづけたのは、南北戦争後の南部の町や村が人間ドラマを描くにふさわしい舞台であり、そのドラマをとおして人間の本質を究明しようとしたからではないか。主役は、ミシシッピ州の架空の町ジェファーソン近くの小村に流れ着き、才覚を発揮して貧民から地主へと成りあがったフレムだが、周辺人物の動きがおもしろい。のちにフレムの妻となる小娘に手を出す教師。牛をめぐって殺人をおかすフレムのいとこ。フレムの土地で南軍の埋蔵金さがしに明け暮れる男たち。どのエピソードにも登場する情報通でミシン売りの行商人。錯綜する言葉の森を馬が駆けぬけ、突然緊張が走り、ドタバタ喜劇が起こり、人びとが互いに感情と欲望をむき出しにする。打算とエゴイズムこそ人間の本質なのだ、という悲劇的人間観が迫力満点のアクションを通じて、またコミカルに示される。饒舌な文体と鋭い描写がコントラストをなし、どの人物もステロタイプのようでいて彫りが深い。フレムの出番が少なく、そのぶん全編の中核に位置すべき山場に欠ける憾みもあるが、短編からスタートした本書の成立事情を考えると、むしろ手ぎわよく長編に仕上げた技量を評価すべきだろう。今後のフレムの生きかたが楽しみな序章である。