きのうハワイから帰ってきた。ダイヤモンドヘッドに登り、パールハーバーのツアーに参加した以外は、観光らしきこともせず、ショッピングも ABC Stores でチョコレートをお土産に買っただけ。あとはのんびりワイキキビーチで本を読んでいた。
帰りの機内で読み終えたのが Patrick Modiano の "Dora Bruder"(1997)。さっそくレビューを書いておこう。
[☆☆☆☆] そうか、そういうことだったのか。最後のワン・パラグラフで疑問が一気に氷解。この結末に深く胸をえぐられる。ドイツ占領下のフランスで新聞の尋ね人欄に載った
ユダヤ人の少女ドー
ラ・ブルーダー。彼女に関心をもったモディアノは十年近い歳月をかけて、残存する希少な公文書や写真、生きのこった家族の記憶などをたよりに、彼女の失踪にまつわる事情を調査。その足跡を追ってパリ市内をめぐり歩く。モディアノ自身
ユダヤ系で、ドーラと同じく全寮制の学校から逃げだしたことがあり、彼女の過去を再現しようとする試みは、同時に彼自身の過去の
追体験でもある。しかしドーラの空白はほとんど埋まらない。モディアノはドーラが住んでいた界隈や、学んだ学校跡、抑留された収容所跡などのたたずまいから、当時の彼女の心情を推測。風景の細部に執拗なまでにこだわることで、また自分自身の体験を重ねあわせることで、彼女が感じたはずの孤独や不安、喪失感などをリアルに描きだす。さらには、ドーラと同じく抑留された
ユダヤ人の家族が警察に提出した嘆願書や、やはり
アウシュヴィッツに送られた男が家族に宛てた手紙を挿入。占領下のフランスの状況が悲痛なまでに浮かびあがる。それにしてもモディアノは、なぜこれほどまでにドーラの失踪にこだわるのか。その疑問がやっと解消するのがエンディングなのだ。人間の尊厳とは虐殺によってさえ奪いえぬもの、というメッセージに心を打たれる。しかもそれが、空虚感という相反するかのような人生感覚と結びついているだけに、なおさら感動をおぼえる。