ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Patrick Modiano の “The Black Notebook”(1)

 ゆうべ、フランスのノーベル賞作家 Patrick Modiano の "The Black Notebook"(2012, 英訳2016)を読了。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆] モディアノ版『黒革の手帖』。といっても、むろん娯楽ミステリではなく、主人公の作家ジャンの黒い手帳にしるされているのは、半世紀前の1964年、彼がパリで目にした通りや建物の名前、出会った人びとの名前や電話番号など。この備忘録をたよりに、ジャンは謎の若い女ダニーと過ごした「ひと夏の経験」を回想する。よくある話だが、いかにもモディアノらしい「過去と現在、未来が渾然一体」となり、夢と現実が融合したような世界をたえずさまよいながら、ジャンは「時間を超え思念化された人生のエピソード」を再検証していく。ダニーの周囲には怪しげな人物が跳梁し、彼女自身の行動も不可解。やがて奇怪な事件が発生するなどフィルム・ノワールの雰囲気が立ちこめている。現代人の実存の不安を象徴したものともいえそうだが、サスペンス味に乏しく、〈モディアノ中毒〉患者でなければやや退屈か。やがて「22才の別れ」に胸をえぐられるが、女の謎に戦争など歴史の闇が重なっていない点が不満。モディアノの、モディアノによる、モディアノ中毒患者のための作品である。