ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Phil Klay の “Redeployment”(1)

 2014年の全米図書賞受賞作、Phil Klay の "Redeployment" を読了。Esi Edugyan の "Washington Black" が届き次第、そちらにすぐ乗り換えようと思ってボチボチ読んでいたのだが、受取予定日を過ぎたきょうになっても同書は未着。結局 "Redeployment" を読みおえてしまった。仕方がない。レビューを書いておこう。

Redeployment

Redeployment

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[☆☆☆★★★] イラクでアルカイーダの掃討作戦に従事した米兵が登場。とくれば、政治色の濃い戦争小説を想像しそうだが、いまどきそんな紋切り型では売れるわけがない。これは戦争の現実に即したみごとな心象スケッチ集である。特定の政治色は皆無。兵士をはじめ外交官や従軍牧師など、戦争という残酷な不条理に直面した人びとの心理が抑制した筆致で描かれ、保守でもリベラルでもない彼らの肉声がストレートに伝わってくる。おなじみの激しい戦闘シーンもあるが、それはいわば肉声を発するための導入部。本書の核心はやはり、上の兵士たちが現地にいるときも帰国後も、それぞれの立場で、なにをなすべきか、いかに生きるべきかと悩み苦しんでいる姿にある。軍人としての誇り、死者への尊崇の念、戦友をうしなった悲しみ、絶望、徒労感、自己嫌悪、戦争の大義への疑問。こうした戦争小説定番の心の葛藤のほか、「貪欲な物質主義のはびこる本国」よりも、生死の境の極限状況にあるほうが「ひとは自分の欠点を目のあたりにする」という、鋭くも苦い現実認識に胸を打たれる。こうした現実を知らない点では、帰還兵への安易な称賛や共感も、軽薄な愛国主義も、安直な平和主義もすべて変わらない。そんな軽佻浮薄のひとつひとつと付きあうところから笑いが生まれ、笑いの奥に深い傷心がかいま見える。頻出する悪態、四文字言葉は、戦争を図式的にしか理解しえない政治家や軍人、そして民間人、つまりはアメリカ人全体にたいする、「綺麗ごとをいうな」という叫びかもしれない。