ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

2023年ブッカー賞発表とぼくのランキング

 あれっ、とんだ勘ちがい! てっきり、ブッカー賞の発表は12月初旬だと思っていたら、なんと三日前にもう発表があったとは……
 ああ、現地ファンの下馬評どおり、Paul Lynch の "Prophet Song"(2023)が受賞かぁ。先ほどチェックしているうちに気がつきました。まったくアホですな。
 あまり気乗りがしないけど、大急ぎで今年の賞レースを回顧しないといけない。なにから書こうか。そうそう、ぼくは去年、「例年、ブッカー賞の低調ぶりを嘆くのは決まりごとかもしれないけれど、今年はほんとうに低調だった」と総括。ところが今年は、その去年以上に低調だった。
 まずロングリストの発表時、多くの現地ファンが失望。いつも以上に予想がはずれ、未読の意外な作品がたくさんノミネートされていたからだ。毎度おなじみの話ともいえるが、今年は当初、一次候補作のランキングを公表するファンがほんとうに少なかった。
 ぼくが毎年よく参考にしている Paul Fulcher 氏など、めずらしく二冊しか候補作を読んでいなかった。氏のランキングはつぎのとおりで、ショートリスト発表から受賞日直前までずっとこのままだった。
1. Study for Obedience
2. Prophet Song
 ぼくは下馬評1位の "Prophet Song" から読んでみたが、きのうも書いたとおり、「詩的情緒にあふれ物語性も豊かだが、そのわりにテーマそのもの(家族愛とディストピア)は重いが平凡」。その物語も「いつかどこかで読んだり見たり聞いたりしたような」内容ばかり。とりわけ、結末がミエミエなのに終幕で引っ張りすぎ、ぼくはすっかり飽きてしまった。
 つぎに読んだ "Study for Obedience" では、「集団的自我と個人的自我の緊張関係や、自由と全体への帰属意識といった肝腎の問題はついに深掘りされることがない」。これが最大の難点で、また「習作というか荒削りというか、物語としてもうまく仕上がっていない」。だけど目のつけどころはよく、ひょっとしたら Fulcher 氏も、その意味で "Prophet Song" より高く評価したのかもしれない。ぼくは同格1位としたいところだが、2位でもいいか。
 ついで "This Other Eden" を読んでみたら残念、ますます出来が落ちていく。人種差別や偏見、民族浄化という問題そのものは重大なものだけど、あえて不謹慎ないいかたをすれば、そんな話、もう読み飽きた。でも書きかたはいい。盛り上げかたもすごい。というわけで、要約すると、「常識のおもしろさとつまらなさ」が印象にのこる作品だった。
 いま読んでいる "The Bee Sting" はぼくの暫定イチオシ。「四作のなかではいちばんゲージュツ性が薄い」だけに、「ブッカー賞にも縁は薄そう」と思ったら、案の定落選してしまった。でもコミカルなエピソードの連続で、笑える。
 未読の候補作のうち、"If I Survive You" は入手済みなので、まあ、読んでもいいかな。人気薄の "Western Lane" はパスしそう。
 ぼくは去年、「来年はおそらく文学の世界でもウクライナ問題が扱われるのではないか」と予想した。この予想は、"Prophet Song" の設定が侵攻開始後のロシアの国内情勢に酷似しているという点で、半分ほど当たったといえるかも。しかし現象論にすぎず、上のとおり、ぼくはあまり感心しなかった。
  "Study for Obedience" も "This Other Eden" もこじつければ、ウクライナ問題に関連づけることができる。どこがどうかかわっているかは、落ち穂ひろいで詳述するとしよう。
 それにしても、いつかも書いたとおり、今世紀はまるで戦争とテロの世紀と化してしまったかのようだ。世界は「いつか来た道」をたどりっぱなし。「そんな話、もう読み飽きた」とグチをこぼしてしまったけれど、書きようによってはまだまだ傑作が生まれる可能性ありと信じたい。いでよ、21世紀の George Orwell! 知的に誠実な思索を深め、それを言語芸術としてみごとに表現する作家はどこかにいないものか。
 例年とちがって、受賞作もふくめた最終候補作の私的ランキングはまだ未完成。後日、補足訂正する予定だけど(4, 5, 6)、いまのところ、つぎのとおりです。
(追記1:その後、"The Bee Sting" のレビューをアップし、同書を4位に格付けしました。「世界の状況がどうあろうと、ひとは愛する家族を守るだけというテーマ」に、ウクライナ問題の反映を読み取ることができるかもしれません。なお、"Study for Obedience" は当初 2 or 1と迷いましたが、2に決定しました)
(追記2:さらにその後、"If I Survive You" のレビューもアップし、同書を5位に格付け。いかにもアメリカ的な作品であり、「世界の状況がどうあろうと」、ひとは自分の心にいちばん引っかかる問題と取り組むだけ、というメッセージが隠されているかもしれません。なお、"Western Lane" は結局パスすることにしたので、遅まきながらこれでやっとランキング決定。結果的に5冊とも同点となりましたが、★は約5点なので微妙な差があります)

1. Prophet Song(☆☆☆★★)

2. Study for Obedience(☆☆☆★★)

3. This Other Eden(☆☆☆★★)

4. The Bee Sting(☆☆☆★★)

5. If I Survive You(☆☆☆★★)

(未読につき番外)

Western Lane: A Novel (English Edition)