ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Pascal Mercier の “Night Train to Lisbon”(2)

 この英訳版は2008年に刊行されたものだが、いつ、どんなきっかけで手に入れたのかも憶えていない。"Night Train to Lisbon" って、いいタイトルだなと思ったのか、それとも、ロマンティックなカバー写真に惹かれたのか。どちらにしても、ぼくはいつも内容を確かめずに注文するほうなので、ジャケ買いだった可能性は大いにある。 

 だから本書がいつのまにか映画化され(2013)、日本でも『リスボンに誘われて』という邦題で公開されていたことも、今回作者について調べるまで知らなかった。映画のほうも、なかなか魅力的なタイトルだ。
 ところがこの作品、タイトルにふさわしいロマンティックな魅力に富んでいるのは導入部だけ。あとは、かなりしんどい(☆☆☆★★)。
 読みはじめた当初はめっちゃくちゃ、オモロー!(古いですな)。レビューには、主人公の高校教師 Gregorius が「通勤途中、橋の上から飛び降りそうに見えたポルトガル人女性と出会い」、としか書かなかったけど、その女性がなんと教室まで彼について来るのだから、ふたりのラヴロマンスを期待しないほうが無理だろう。
 が、それでは文芸エンタテインメント、下手をすると三文小説になってしまうと、哲学者でもある Pascal Mercier は判断したのだろうか、期待に反して女はあっけなく退場。以後、「愛と友情、家族、人間の尊厳と存在意義、時間や認識、神の教えなど実存にかんする諸問題についてすこぶる内省的、哲学的な思索が続く」ことになる。当然精読をしいられ、きつい。
 ただ、このくだりには身にしみるものがあった。Encounters between people, it often seems to me, are like trains passing at breakneck speed in the night. We cast fleeting looks at the passengers sitting behind dull glass in dim light, who disappear from our field of vision almost before we perceive them.(pp.94-95)
 これは Gregorius ではなく、彼が女と出会った直後、古本屋で手にしたポルトガル語の本の著者 Prado の言葉だが、それはまあ、どうでもいい。とにかく、ぼくのようなオジイチャンの目でいろいろな人との出会いを振り返ってみると、たしかに一面、上のような気がするのも事実である。そんなふうに Gregorius 同様、読者もそれぞれの立場で人生について思いを馳せる。それが本書のベストセラーたるゆえんかもしれない。だからきっと、ぼくが退屈に感じた箇所でも、人によってはじっくり考え込まされることだろう。
 とはいえ、女がどこかで再登場して花を添えてもよかったのでは、とメロドラマ好きのぼくは、今回もないものねだりの願望をいだいてしまった。
(写真は、パリの高級ベーカリー〈ラデュレシャンゼリゼ通り店。今年の夏、ここでマカロンを買った)

f:id:sakihidemi:20190813215603j:plain