ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Julia Phillips の “Disappearing Earth”(2)

 いつ読みはじめたのかも憶えていない Don Delillo の "Underworld"(1997)は、やっと中盤を過ぎたところ。Eisenstein 監督作品 "Unterwelt" が話題になり(p.424)、そのテーマがどうやら the contradictions of being .... the mutilated yearning, the inner divisions of people and systems, and how forces will clash and fasten らしいという記述がある(p.444)。これが本書のテーマでもあるのかどうかは不明。早く先へ進みたいところだけど、テンプで復職した勤務先が繁忙期に差しかかり、まだ当分読了できそうもない。とにかく大きくて持ち運びに不便な本だ。
 さて表題作のほうは、ご存じ今年の全米図書賞最終候補作。(追記:本書は今年のニューヨーク・タイムズ紙選ベスト5小説のひとつでもある)。同賞の候補作を発表前に読んだのは久しぶりだ。Kali Fajardo-Anstine の "Sabrina & Corin" も読んでみたが、出来はこちらのほうがいいと思った(☆☆☆★★)。 

 ただ、受賞は厳しいだろうな、と予想していた。理由はふたつあり、まず舞台がカムチャツカ半島のペトロパブロフスクと周辺の町ということで、内容的に全米図書賞(National Book Award)にはふさわしくないのでは、という気がした。national とはむろんアメリカのこと。過去にも、いかにもアメリカ的な作品が栄冠に輝いているケースが多い。作者はブルックリン在住の新人作家のようだけど、カムチャツカとどんな関係があるのかまでは、面倒くさいので調べていない。
 つぎに、それほど強烈なテーマでもなかったところが弱い。連作短編ふうの長編で、短編集と見立てれば「〈真実の瞬間〉を鮮やかにとらえた13の物語」なのだけれど、その真実が「目からウロコ」レベルではない。たとえば、自分が信頼する人間に裏切られていたことに気がついた、というたぐいである。ぼくもその昔、苦い経験があるだけに、大いに身につまされたが、だからといって点数を上げようとまでは思わない。
 もっとも、その真実を知ったあと、主人公が「二度と帰らぬ幸福な日々を思い出す瞬間は、たまらなく切ない」。The summer they fell into each other. .... The horses they rode. The trails followed. The nights Ksyusha spent in the tundra, when she was younger and braver and slept alone, when her world was clear, smelling of smoke and grasses, and thousands of reindeer passed her by.(p.92)
 ほかにも、いくつか心にしみるくだりがあった。Julia Phillips、将来が楽しみな作家ですな。
(写真はエッフェル塔。今年の夏に撮影)

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