ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Edwidge Danticat の “The Dew Breaker”(2)

 先週初め、Criterion のブルーレイ盤 "Ivan's Childhood"(1962)がやっと届いた。3月なかごろ英アマゾンに注文したところ未着。あきらめきれず、先月再注文。鶴首して待っていた。
 あちらのレビューどおり、画質はとてもいい。日本で発売されている『僕の村は戦場だった』のブルーレイ盤はむろん日本語の字幕つきだけど、画質がわるいという評もあったので、Criterion 版に期待していた。
 即日、数年ぶりに観たが、映像詩とでもいうようなショットが連続し、白樺林の美しさなど、思わずため息が出るほど。この映画のファンで、英語字幕でもいいという人だったら絶対オススメです。 

  それにひきかえ、毎日少しずつ読んでいる Faulkner の "A Fable"(1954)のほうは、残念ながらまだ面白くない。第一次大戦末期の西部戦線が舞台で、突撃命令に従わなかった仏軍連隊をめぐる話なのだが、途中、大戦前のアメリカに舞台が変わったところで疑問を感じた。それが必要な変化なのか digression なのか、よく分からない。
 ただ、大戦の話に戻りかけたとき、ひょっとしたらテーマに関係しそうなくだりが出てきた。なかでも、Evil is a part of man, evil and sin and cowardice, the same as repentance and being brave.(p.223)という黒人宣教師の言葉に目が止まった。理想と現実に引き裂かれていた Faulkner の思想をいかにも物語っているようではないか。
 閑話休題。Edwidge Danticat の "The Dew Breaker" はすばらしい作品である(☆☆☆☆)。 

 2004年の全米批評家協会賞最終候補作だが、いま調べると、受賞作は Marilynne Robinson の "Gilead"(☆☆☆☆)。既読のほかの最終候補作は、David Mitchell の "Cloud Atlas"(☆☆☆☆★)、同年のブッカー賞受賞作でもあった Allan Hollinghurst の "The Line of Beauty"(☆☆☆)。すごいラインナップだ。Danticat が落選したのは、運がわるかったとしか言いようがない。
 "The Dew Breaker" とは変わったタイトルだが、訳すと『朝露の乱入者』か。これがテーマに直結することは、読んでいる途中で分かる。最初はふつうの短編集かと思った。それがどうやら連作らしいと気づいたところでタイトルの意味も氷解。「終わってみれば……れっきとした長編」でもあり、こんなスタイルの小説を読むのは初めてではないような気もするが、ちょっと前例を思い出せない。
 やや独立した物語のうち、いちばん感動したのは第7話 "Monkey Tails"。『泥の河』の幕切れを思わせる少年同士の別れが、とても切ない。ぼくは本書を読む数日前、たまたま映画のほうを DVD で久しぶりに観たばかりだったので、「きっちゃん!」というあの少年の声がすぐによみがえってきた。
 最終話は全篇のタイトルとおなじ "The Dew Breaker"。これについてはレビューで述べたとおりで、書き加えると蛇足およびネタ割りになってしまう。とにかく現代文学、とりわけ今世紀の作品を読んでいて「人生の苦い真実にかんする難問」に出くわすのは、不勉強のせいもあって希有な出来事のように思う。Edwidge Danticat、ほんとにいい作家です。