ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

William Faulkner の “A Fable”(4)

 そろそろまじめに落ち穂拾いをしておこう。第一次大戦の末期、西部戦線で仏軍連隊の伍長が突撃命令に従わなかったことをきっかけに奇妙な停戦がはじまり、老将軍が伍長を尋問。将軍は、伍長が全軍に及ぼす重大な影響力を認め、その立場を失墜させるべく戦場から逃亡するように促す。.... for your profit, I must destroy all eleven of you and so compound tenfold the value of your threat and sacrifice. For my profit, I must let them go too, to be witnesses to all the earth that you forsook them; for, talk as much and as loudly and as long as they will, who to believe in the valuevalue? validity ― of the faith they preach when you, its prophet and instigator, elected your liberty to its martyrdom?(p.382)
 11人とは、伍長を裏切った(ユダを思わせる)1名以外の部下を指す。将軍は世俗的な価値を重んじ、伍長を霊的価値の主唱者と見なしている。I champion of this mundane earth which, whether I like it or not, is, and to which I did not ask to come, yet since I am here, not only must stop but intend to stop during my allotted while; you champion of an esoteric realm of man's baseless hopes and his infinite capacity ― no: passion ― for unfact.(p.383)
 その伍長に将軍は逃亡を勧め、世俗の世界を与えようとする。'Then take the world,' the old general said. 'I will acknowledge you as my son; together we will close the window on this aberration and lock it together. Then I will open another for you on a world such as caesar nor sultan nor kalif ever saw, .... [I will give you] Power, matchless and immeasurable; .... I, already born heir to that power as it stood then, holding that inheritance in escrow to become unchallenged and unchallengeable chief of that confederation which would defeat and subjugate and so destroy the only factor on earth which threatened it; you with the power and gift to persuade three thousand men to accept a sure and immediate death in preference to a problematical one based on tired mathematical percentage, .... What can you not ― will you not ― do with all the world to work on and the heritage I can give you to work with. A king, an emperor, retaining his light and untensile hold on mankind .... You will be God, ....(pp.383-384)
 不得要領の抜粋だが、要するに将軍は地上の王を自認し、その権限を伍長に譲ろうとしている。これに対し、伍長は Are you that afraid of me? と反問するだけで、直接的にはなにも答えない。が逃亡の勧めを断ることにより、君主の座も捨てていることは明らかである。
 このくだりを読むうち、ぼくは反射的に例の大審問官説話を思い出した。と同時に考えたのは、「奇妙な停戦」という寓話のなかで、なぜこんな発言が飛び出したのか、そこにはフォークナーのどんな意図があったのか、ということだ。それが作品全体の寓意につながっているのではないだろうか。
 本書にはもちろん激しい戦闘シーンもあり、ほかの場面でも戦争の悲惨な現実が十分に伝わってくる。その現実を前に、曲がりなりにも停戦を実現させた伍長は平和の使徒であり、ここでフォークナーは平和の意義を訴えたかったのではないか。
 とそんな解釈も成り立つかもしれないが、ぼくはそう思わなかった。もし仮に伍長が平和主義者だとしても、その主張は将軍によれば、an esoteric realm of man's baseless hopes に典拠しているからだ。つまり少なくとも、平和を baseless hopes とする見方があることをフォークナーが知っていたことだけは間違いあるまい。
 が一方、フォークナーは将軍の立場を是認しているわけでもない。伍長の側に暗黙の否定があるからだ。将軍は上記の引用から明らかなように、絶対権力による人類の支配を夢想している。もし伍長が平和主義者であるなら将軍は軍国主義者、というのが凡百の作家の思いつきそうな対比だが、ここで絶対君主を持ちだしてくるところにフォークナーの非凡さがある。
 と同時にそれは、第二次大戦が少なくとも西部戦線においては、ヒトラー支配下における平和を認めるかどうかという問題だった、と彼が認識していたことの証左でもあるように思う。勝手な推測だが、勝手ついでに言えば、本書の舞台がもし第二次大戦なら、ヒトラーによる平和が是か非かという問題はあまりに露骨で、寓話では示しようがない、という判断があったのかもしれない。そして寓話のかたちでしか語り得ぬところに、この問題の深さ、戦争体験の痛みがあるのかもしれない。
 ともあれ、上のくだりをぼくはレビューでこうまとめた。「ふたりの問答は煎じ詰めると戦争と平和、そして自由の問題にかかわっている。たしかに戦争は悲惨なものだが、絶対平和をもたらすには絶対君主が全人類を支配するしかない。異論があれば戦いが起こり、戦いを封じれば自由がうしなわれる。この矛盾を解決する方法はなく、そこには否定の連続があるだけで、戦争にしろ平和にしろ、人は悲惨な状況に耐えるしかない。それが本書から読み取れるひとつの寓意である」。
 ひらたく言えば、ヒトラーを殺すか(戦争)、ヒトラーに従うか(隷従という平和)、という選択を迫られたとき、あなたならどうする、と本書は問いかけているように思うのだが、フォークナーの研究書ではどうなっているでしょうか。ちなみに、このヒトラーをだれかに置き換えれば、現代の国際社会にも当てはまる問題かもしれませんな。

(写真は、愛媛県宇和島市和霊神社前を流れる須賀川。例年ならこの時季、和霊大祭がもよおされ、この川に御神輿が繰り出すところなのだが、今年は残念ながら中止。2年前の西日本豪雨でも中止されたばかり。ぼくも当分帰省は望めそうもない。

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