ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

"Number9Dream" 雑感

 連日の猛暑だが、今夏もわが家にはクーラーがない。あるのは、うちわと扇風機だけ。家じゅうの窓を開けはなち、頭に濡れタオルという湯上がりスタイルで過ごし、暑さを感じるたびにその濡れタオルで身体をよく拭き、こまめに水分を補給。これでなんとかしのいでいる。
 室温の上昇とアンプの過熱を防ぐため、BGMも1時間ほどしか流さない。だから昼の部のジャズは1日2枚。最近買い求めた Guido Manusardi Trio の "The Nearness of You" が超ゴキゲンだ。 

ザ・ニアネス・オブ・ユー

ザ・ニアネス・オブ・ユー

 

 最初のワンフレーズを聴いたとたん、身体が自然にスイングしはじめ、ついで気分もスイング。ぼくのような素人でもよくわかる。Wiki によると、Manusardi はイタリアのジャズ・ピアニストで現在84歳。ぼくは格安で入手したが、いま検索すると3万円近くにハネ上がっている。
 上のような耐暑生活につき、読書のほうはボチボチだが、それでも読んでいるときは無我夢中。2001年のブッカー賞最終候補作、David Mitchell の "Number9Dream" である。え、あんた未読だったの、という声が聞こえてきそうだが、ぼくにとっては長年、「いまさら読んだことないとは言えないで賞」の常連だった。
 その理由としては、まず、そもそも2001年当時は、ブッカー賞? へえ、そんな文学賞があるんだ、という程度の認識しかなかった。
 つぎに、いつだったか本書を読みはじめた知人のオーストラリア人が、「途中で give up しちゃったよ」と報告。ううむ、ネイティヴでも匙を投げるとは、よほどむずかしいんだろうな。
 それがやがて、David Mitchell の面白さに開眼した。初めて読んだのは、2010年のブッカー賞一次候補作 "The Thousand Autumns of Jacob de Zoet"(☆☆☆☆★)。いやはや、昂奮のあまり、ぶっ飛びましたね。その後、2006年の同賞一次候補作 "Black Swan Green"(☆☆☆★★)、"Slade House"(2015 ☆☆☆★★★)、そしてご存じ2004年の同賞最終候補作 "Cloud Atlas"(☆☆☆☆★)と読み進み、ぼくはすっかり Mitchell の大ファンになってしまった。"Cloud Atlas" にいたっては、ぼくのゴールデン・ブッカー賞第2位に選んだほどである。 

 とそんな経緯で今回、満を持して "Number9Dream" に取りかかった。むむ、面白い、もうめちゃくちゃ面白い! ただ、上のオーストラリア人が give up した理由もなんとなくわかる。彼はたぶん、第1章 'PanOpticon' のマジックリアリズムが肌に合わなかったんだろうな、なにしろ Chekhov のファンだから。
 本書の内容についてはいまさら紹介するまでもないだろうが、その美点をいくつか挙げておくと、まず気の利いた会話にクスッと笑ってしまう。主人公 Eiji Miyake とバイト先の仲間のやりとりはこうだ。"Short of Cash?" … "I'm not exactly the Bank of Japan, no."(p.353)
 その仲間はむろん脇役、というより端役だが、そんな端役にいたるまでユニークな存在感がある。だから当然、ストーリーもユニークそのもの。「生首ボーリング」のくだりでは思わず絶句してしまった。前にもどこかで述べたが、Mitchell はミステリなりSFなり、手すさびに大衆娯楽小説を書いても、きっと大傑作をものすることができるのでは、と思う。無類のストーリーテラーですな。