ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

David Mitchell の “Slade House” (1)

 きょうはまず、Sara Baume の "Spill Simmer Falter Wither" (2)
 これは既報どおり2015年のコスタ賞新人賞候補作である。本ブログを中断していた時期に刊行された主な作品を少しずつ catch up しなければ、と再開後から思っていたが、本書は予定外。もともと同賞はそれほどまめにフォローしていなかった。
 それなのに食指が動いたわけは、ひとつには先日書いたように、わが家の愛犬が突然、半身不随になってしまったこと。昔は何かの拍子で首輪がはずれたときなど、パッと一目散に逃げ出していったものだ。その後ろ姿がいまだに忘れられない。
 あとひとつは、本書の刊行が昨年10月8日ということで、今年のブッカー賞の有資格候補作に挙げている現地のファンもいるからだ。ちなみに、去年の8月14日に発表されたガーディアン紙新人賞候補作にも本書はノミネートされている。そのときはゲラ刷りの段階だったのかな。
 以上が周辺情報で、内容はまあ、レビューどおり。何か付け加えることがないか読書メモを読み返したのだが、ネタを割る以上のことは書けそうもない。
 というわけで、ここから本題。David Mitchell の最新作 "Slade House" を読了した。これもあちらのファンのあいだでは、ブッカー賞有資格候補作と目されている。かなり人気のようだ。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆★★★] 下敷きはたぶん、H・G・ウェルズの名短編『塀についたドア』だろう。細い路地の壁に消えては現われる扉。その先に美しい庭と大きな屋敷があり、邸内に入ると……。一見おなじみの異次元テーマSFらしいが、鬼才ミッチェルの手にかかると陳腐くささは皆無。むしろ、ぐんぐん物語の世界に引きこまれてしまう。歯切れのいい文体、生き生きとした会話、コミカルな場面。時には「意識の流れ」の技法さえ駆使しながら、五部構成のそれぞれの山場へと次第に盛りあげていく。しかも、章を追うごとに緊迫感が増し、すべての要素がひとつにまとまる終幕は文字どおり圧巻。怪奇小説の名作『吸血鬼ドラキュラ』を思い出した。終わってみれば、異次元というより「不滅」テーマのSFホラーである。善悪の問題も提出されるが、あっさり処理。全体とのバランスを考えれば、べつに不満はない。ミッチェルの、もしかしたら手すさびかもしれぬ名人芸を堪能すべき作品である。