ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Eric Dupont の “Songs for the Cold of Heart”(2)

 師走もなかばすぎ。なにかと雑用に追われ、読書のほうはいつにもまして、まったりペース。途切れ途切れに "The Discomfort of Evening"(2018)を読んでいる。ご存じ今年のブッカー国際賞受賞作である。
 序盤はまずまずだったけど、その後どうも盛り上がらない。というか、基本的に最初のパターンの繰り返しがつづいている。長編だが、短編ネタのような気がする。おなじくボチボチ読んでいる短編集『キラキラ共和国』のほうが面白い。小川糸、わりと好きな作家だ。
 閑話休題。Eric Dupont はケベック出身のカナダ人作家で、表題作はもともと "La fiancée américaine"(2012)という題でフランス語で書かれたもの。その英訳が2018年に刊行され、カナダでもっとも権威ある文学賞、ギラー賞の最終候補作に選ばれた次第である。
 そのとき栄冠に輝いたのは Esi Edugyan の "Washington Black"(☆☆☆★★)で、こちらは同年のブッカー賞最終候補作でもあった。 

 一方、"Songs for the Cold of Heart"(☆☆☆★★)は Shadow Giller Prize というカナダのファン投票で第1位。実際に受賞した "Washington Black" との優劣が気になるところだ。
 ぼくの評価だが、途中までほぼ互角。「赤軍の迫るケーニヒスベルクグダニスクからの脱出劇」の時点では、むしろ "Songs …" のほうに軍配をあげたい。さほどにそのくだりは迫力満点で、ぼくは内村剛介の名著『生き急ぐ スターリン獄の日本人』を思い出した。 

 が最後ずっこける。"Washington Black" のほうも結末でガックリくるので、この点でも両者は互角。となると、あとは読者の好み次第か。
 ぼくの好みをいえば、上の脱出劇を回想するドイツ人老女 Magda がせっかく Hannah Arendt の "Origins of Totalitarianism" の話を持ち出したのだから(p.444)、それにからんで全体主義への洞察を深めつつ、波瀾万丈の物語性も維持するという離れわざを見せてほしかった。そうなると Dostoevsky や Orwell の域に迫る傑作が生まれたのでは、という気がする。しかし実際は「作りすぎ、まとめすぎ、盛り込みすぎの大団円」。失望が大きかったぶん、同点ながら "Washington Black" のギラー賞受賞は順当だと思う。
 ともあれ "Songs …" の序盤は「怪力無双の色男ルイをめぐるドタバタ劇」で、これは無類に面白かった。それがめぐりめぐって上の脱出劇へとつながるのだから、途中もいかに波瀾万丈か想像がつくだろう。欠点こそあるものの、前回採りあげた "Trust Exercise" (☆☆★★★)のようなゲージュツ作品より、ぼくはずっと高く評価している。