ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

"The Orenda" 雑感

 寝床のなかで読んでいる『蜜蜂と遠雷』はあと少し。世評どおりとても面白い。相変わらず恩田陸の筆力、表現力に圧倒されている。が、ちょっと引っかかる箇所があった。
 まず、「ファンタジック」という言葉(文庫版・上 p.377)。これが fantastic の誤用であることは昔から有名な話だが、いまや日本語に定着した和製英語としてここでは使われているのかもしれない。
 しかしぼく自身は使用しないようにしている。学生時代、この言葉をなにげなく口走ったところ、亡き恩師が眉をひそめられたことを、いまだにありありと思い出すからだ。
 つぎに気になったのが、「後世に書き加えられたり訂正されたかもしれない」(同・下 p.174)。もしぼくが編集者だったら、「先生、ここは『加筆されたり訂正されたりした』ではいかがでしょうか」とお伺いを立てるところ。「たり」の反復省略もおそらく慣用表現として認められるのだろうが、翻訳の場合はどうでしょうか。
 こらっ、ひとの「重スミ」をつつくな! それより、お前の下手くそな文章をどうにかしろ! と座布団が飛んできそうなので閑話休題。表題作に移ろう。2013年のギラー賞一次候補作である。
 orenda とはカナダ先住民の言葉で、本書の主要な人物のひとり、フランス人宣教師の Christophe によれば意味はこうだ。In matters of the spirit, these sauvages believe that we all have within us a life force that is similar, if you will, to our own Catholic belief in the soul. They call this life force the orenda.(p.31)
 sauvages はミスタイプではない。たぶんフランス語だろう。Christophe は続けていう。What appals me is that these poor misguided beings believe not just humans have an orenda but also animals, trees, bodies of water, even rocks strewn on the ground. In fact, every last thing in their world contains its own spirit.(p.p.31-32)
 つまりアニミズムである。これを知って appal(appall)させられるところが、いかにも17世紀の白人らしい。ぼくはうっかり appeal と勘違いしそうだった。田舎育ちのぼくには、アニミズムにさほど違和感はないからだ。
 このアニミズムを信仰する先住民が「野蛮人」であり、彼らはサタンに支配され、いまだ暗黒時代に生きている。これをキリスト教に改宗させること、というのが Christophe に課せられた使命である。それがじつは植民地支配の一環だったという説明もあるものの、彼自身は純粋に使命感にかられている。そこで面白いのはこんなくだり。The great wampum we call the Bible speaks of plagues descending on faraway lands where the people refuse to accept the Great Voice.(p.214)
 一方、先住民の立場はこうだ。Most of the village believes it's not simple coincidence that since your arrival we've suffered both sickness and drought.(ibid.)
 この時代のカナダが舞台の小説を読むのは初めてだが、どれもさもありなん、という状況ばかりで、その意味では決して目新しくはない。と同時に、上の引用からだけでも、きわめてオーソドックスな展開であることがうかがえるものと思う。
 実際、物語はいかにもオーソドックスな歴史小説らしく進んでいる。予想どおり、先住民同士の大戦争が起こりそうだ。

(下は、『蜜蜂と遠雷』に出てきた一曲。こんなむずかしい曲からショートショートのような物語を紡ぎだすとは、まったく驚くばかりです) 

リスト:ピアノ・ソナタ

リスト:ピアノ・ソナタ