ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Veza Canetti の “The Tortoises”(1)

 数日前にオーストリアの女流作家、Veza Canetti(1897 - 1963)の "The Tortoises"(1939)を読みおえたのだが、諸般の事情で、なかなかレビューをでっち上げる時間が取れなかった。はて、どうなりますか。(なお、Veza の夫はノーベル賞作家の Elias Canetti(1905 - 1994))。

The Tortoises

The Tortoises

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[☆☆☆★★] 1938年、ナチス・ドイツによるオーストリア併合直後のウィーンでは、なんと甲羅にハーケンクロイツの焼き印を押された亀が土産物として売られていたという。略奪と暴行が日常茶飯となり、ユダヤ礼拝堂もつぎつぎに焼き討ちされるなか、著名なユダヤ系作家カインとその妻エヴァは、やむなく出国に同意するもののビザがいっこうに発行されず、不安な毎日を過ごすことになる。夫妻および隣人のユダヤヒルデと、ディナーに招いたナチス高官とのやりとりなど、いかにもリアル。恐怖と接しながら日常生活を送る息苦しさが、小さな事件の数々からひしひしと伝わってくる。やがてヒルデの父親は逮捕され、カインの兄も獄死。そのわりに緊迫感に乏しく、『フランス組曲』や『ソフィーの選択』のような凄絶な人間ドラマには仕上がっていないが、作者は小説形式を採用することで、おそらく実際に見聞したできごとをつとめて冷静に記述しようとしたのではあるまいか。余談だが、ロシアによるウクライナ侵攻の開始直後、戦争が勃発したら非戦闘員はいち早く国外へ脱出するべきだ、という主張が見られたが、本書を読むと、戦争前夜でさえ亡命がいかに困難をきわめるものか、あらためて思い知らされることだろう。