ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Patrick Modiano の “Ring Roads”(1)

 きのう、フランスのノーベル賞作家 Patrick Modiano の第三作、"Ring Roads"(原作1972, 英訳1974)を読了。本書は "The Occupation Trilogy"(2015)の第三巻でもある。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆★★★]『パリ環状通り』という邦題をもじっていえば、「青春環状回顧録」。ユダヤ系の青年セルジュは記憶の連鎖にとらわれている。高校卒業後、父の怪しげな仕事を手伝い、ふたりで夜のパリを中古車で徘徊した日々。父が消息不明となった十年後、息子であることを明かさずに再会、得体の知れぬ有象無象にかこまれ、やはり怪しげな仕事をしている父を観察したナチス・ドイツによる占領時代。そしてふたたび闇に消えた父を思ういま。セルジュの頭のなかでは、こうした過去と現在が、いわば三重の輪のように交錯している。時に現実とフィクションが、夢と現実が幾重にもいりまじり、セルジュはついにこの環状連鎖から脱することができない。それは彼がアイデンティティを喪失し、実存の不安に駆られている証左であり、この喪失と不安を克服すべくセルジュは父の実像に迫ろうとする。が、父もまた喪失者であることは言を俟たない。父と息子、戦争と占領の災禍、そして実存という問題を重ねあわせた暗い時代の「環状回顧録」である。