ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Muriel Spark の “The Driver's Seat”(1)

 Muriel Spark(1918 - 2006)の "The Driver's Seat"(1970)を読了。使用したテクスト、Penguin Books(初版)の表紙にエリザベス・テイラーの顔写真があり、調べてみると、本書は1974年、イタリアのジュゼッペ・パトリーニ・グリッフィ監督によって映画化され、主演はエリザベス・テイラーアメリカで公開されたさい、"Identikit" と改題されたという。日本では未公開だが、『サイコティック』との邦題があり、テレビ放映されたことはあるのかもしれない。
 Lost Man Booker Prize(2010)の最終候補作であり未読のつもりで取りかかったが、なんと数ヵ所書きこみがあるのを発見。どうも本の購入時に読んだものらしい。が、最後まで記憶がよみがえらなかった。お粗末な話だ。はて、どんなレビューになるのやら。

The Driver's Seat (Penguin Modern Classics)

[☆☆☆★★] 型やぶりなサイコスリラー。『サイコ』でも『羊たちの沈黙』でも加害者は狂人であり、本書もいちおう定石どおりなのだが、一点、新工夫がある。その一点が……と、これ以上は読んでのお楽しみ。ひとつだけ付言すると、その一点に説得力をもたせるべく、作者は冒頭から終始一貫、オフビート調に徹している。けばけばしい服を身につけ、突然大声で笑いだしたり泣きだしたり奇異な言動をくりかえす女リセ。北欧の街から南欧の観光都市まで、機内やホテルなど行く先ざきで必ず、ちょっとしたトラブルを引き起こす。リセも出会った相手も自分のことしか眼中になく、ゆえに会話もかみあわない。このオフビートにサスペンスを添えるのが、実況中継ふうの叙述スタイルと、ときおり挿入される大事件の予告。リセがいつどんなふうに巻きこまれるのか、と興味をそそられる。こうしたもろもろのお膳立てにより、上の一点に説得力が生まれ、かつ意外性もあり、たしかに本書はウェルメイドな作品なのだが、問題ものこる。狂気の正体である。一歩まちがえればこの狂気に読者のあなたも、と思わせるだけの最終的な説得力がない。「狂人とは理性以外のあらゆる物を失った人である」というチェスタトン説のほうが、よほどこわい。これはやはり「作りものの狂気」と割りきって楽しむべき佳篇である。