ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Anne Enright の "The Gathering"

 ロングリストの発表時から気になっていた Anne Enright の "The Gathering" を読了したので、さっそくアマゾンにレビューを投稿した。(その後、削除)

The Gathering

The Gathering

The Gathering (Man Booker Prize)

The Gathering (Man Booker Prize)

[☆☆☆] 主題はずばり、肉親をはじめ、最愛の人間を亡くしたときの空虚な浮遊感。兄の訃報を聞いた女性の胸に去来するさまざまな思い出が、断片的かつ連鎖的に綴られる。その回想は祖父母や両親、兄弟姉妹、元恋人などに及び、そこに夫や子供たちと暮らす日常生活の話がからむ。ストーリーらしいストーリーはなく、皮膚感覚的といってもよいほど繊細な筆致で心に残った場面が描かれるだけ。別に目新しいスタイルではないが、こんな技法に馴れていない読者は戸惑うだろう。その印象派の絵のような世界にときおり混じる直截な性的表現が暗示しているように、実は衝撃的な事件も起きるのだが、兄が死に至った経緯も含めて詳述されない。が、いくら浮遊感がテーマとはいえ、核になるストーリーを確立したほうがよかったのではないか。英語は難解というほどではないが上級者向きだ。

 …これは期待外れ。過去の受賞作でいえば、ペネロピ・ライヴリーの『ムーン・タイガー』やマイケル・オンダーチェの『イギリス人の患者』、アルンダティ・ロイの『小さきものたちの神』などに近い作風だが、本書がそうした作品と決定的に異なるのは、コアになるべき物語があまりにも希薄な点である。早い話が、兄が自殺した動機や背景について、なぜもっと書きこまないのか不思議でならない。主人公がショックを受けて茫然としているのは分かるが、そのショックに説得力がないのは致命的なミスだ。兄が幼い頃に体験した性的事件にしても、全体の半分以上過ぎたあたりで紹介するのは、いくら何でも遅すぎるし、これまた説明不足。さらに前述の三作との違いを言えば、断片的に示されるそれぞれの場面が詩的なまでに昇華されていない。要は美しくもなければ、胸を打つわけでもない。つまり、あやふやなストーリーを背景に、曖昧な印象を羅列しているのが本書なのだ。これは、昨年のショートリストに残ったどの候補作よりも落ちる。今年のブッカー賞は低調という話がますます本当に思えてきた。
 それを裏づけるかのように、アメリカのアマゾンのブログhttp://www.amazon.com/gp/blog/A287JD9GH3ZKFY/105-0084135-7441243?%5Fencoding=UTF8&cursor=1189182528.408&cursorType=beforeによれば、最新のオッズで一番人気は、ロイド・ジョーンズの『ミスター・ピップ』になっている。これはたしかに面白い作品だが、決して不満がないわけではない。まだ読んでいない候補作が三つあるので、そちらに期待することにしよう。