ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Aryn Kyle の "The God of Animals"

 07年度のアレックス賞受賞作、Aryn Kyle の "The God of Animals" がようやくペイバーバックになった。物語性豊かな面白い作品なので、そのうち翻訳も出るかもしれない。

The God of Animals

The God of Animals

[☆☆☆★★] イニシエイション物の佳篇。子供が大人の世界にふれ、その現実を知ることで精神的に脱皮する物語はよくあるが、本書では終幕で予想外の事件が連鎖的に発生、脱皮のプロセスが突然頂点に達する。その爆発力がすごい。主人公は12歳の少女で、舞台はコロラドの田舎町。乗馬ショーのスターだった姉が駆け落ちし、父親の営む厩舎の仕事が少女の肩に重くのしかかる。乗馬を習いにきた金持ちの客と接するうち、大人の秘密や欺瞞が次第に目につく一方、あこがれの男性教師に電話で胸の内を打ち明けるようになり…父親や引きこもりの母親、やがて舞い戻った姉など家族の話題と、調教や乗馬訓練、ショーにからんだ馬の物語、そして教師やクラスメートとの交流といった学校の話が交錯し、よくまあ、いろんなエピソードを次々に繰りだすものだと感心させられる。各場面で微妙に揺れ動く少女の心理描写も鮮やかだが、とにかく主筋と副筋の区別もつかぬほど話が拡大し、いったいどんな結末になるのかと思っていたら、最後に三つの流れが一気に集約されたのには驚いた。英語は標準的で読みやすい。

 …1月28日の日記で、新しいアレックス賞受賞作のうち、「シノプシスから判断して肩の凝らない面白そうな本を一つ見つけている」ので、「ペイパーバック版が出たらすぐに読もうと思っている」と、もったいぶって書いたのが本書。昨年、ハードカバーがニューヨークタイムズ紙のベストセラー・リストに載っていたときから気になっていた。読了した今は、まずまず期待どおりで満足している。
 アレックス賞がらみの「馬物語」といえば、僕は去年読んだ Kent Meyers の "The Work of Wolves" に深い感銘を覚えたものだが、http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20071210/p1 本書はあれほど見事なできばえではない。ヤングアダルト向けの推薦図書を選ぶこの賞ならずとも、coming of age やそれに近い成長の記録は定番のテーマであり、しかもここには特に新味もないからだ。それゆえ正直言って、途中までは少し退屈しながら読んでいた。
 退屈といっても、決してつまらないという意味ではない。作者はとにかくサービス精神が旺盛で、上に述べたように小さなエピソードが盛りだくさん。父親と怪しい関係にある女性客に上等の服を買ってもらい、鏡の前で自分の姿に見とれる場面など、思春期の少女ならではの心理が的確に描かれていて、座布団一枚と言いたくなる。が、こうした細部のうまさが深いテーマにはつながらず、また次の細部へと移っていくので、結局、面白いことは面白いのだが、そこにどんな意味があるのだろうと思うと興をそがれていた。
 それが突然、「荒馬と少女」とでも題すべき場面あたりから気にならなくなる。乗馬ショーに急遽出演するはめになった少女が、何がなんだか分からぬうちに荒馬を見事に乗りこなして優勝。舞い戻った姉の夫の助言を受け、次回のショーでもすばらしい演技を披露する。このあたり、物語そのものに推進力があって引きこまれるので、全体の意味を考える時間も惜しいくらいだ。要するにノリがいい。とまあ、僕はアクション・シーンをきっかけにハマったわけだが、女性読者ならもっと早い段階から夢中になっているかもしれない。
 後半の展開は風雲急を告げる。荒馬物語がそのままハッピー・エンディングにつながるのかと思いきや、女性客が事故を起こして波乱の退場。一方、前半から終始、引きこもりの母親や駆け落ちした姉の話、少女が男性教師に悩みを打ち明ける話も続き、鈍感なぼくは結末がさっぱり読めなかった。そこへ電光石火、あっと驚くような事件が、しかも少女の精神的な脱皮というテーマに即して起こる。これほど鮮やかに決められると、主題のもつ通俗性はまったく気にならない。技巧が内容を補っている典型的な作品と言えるだろう。ざっと検索したかぎり映画化の予定はまだないようだが、翻訳を検討している出版社もあるのではないか。