ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Jeffrey Eugenides の “The Marriage Plot” (1)

 今年の全米批評家協会賞候補作、Jeffrey Eugenides の "The Marriage Plot" を読了。さっそくいつものようにレビューを書いておこう。

The Marriage Plot: A Novel

The Marriage Plot: A Novel

  • メディア: ペーパーバック
The Marriage Plot

The Marriage Plot

[☆☆☆☆★] 作中人物の言葉をもじっていえば、「現代において結婚は小説の題材たりうるのか」。本書は、この問いにたいするみごとな答えである。と同時に、結婚が主要なテーマのひとつだった19世紀英文学の本歌取りでもあり、伝統的な小説作法を踏襲しながら現代文学の成果を盛りこみ、さまざまな現代の事象や風俗で味つけすることで、結婚という古典的なテーマを鮮やかによみがえらせている。つまりこれは、古典と現代の融合という文学的な野心に満ちた作品なのである。主な舞台は80年代のアメリカ東部。名門ブラウン大学で英文学を専攻する女子学生が卒業式を迎えた日から物語は始まる。彼女にふたりの男子学生がからむ三角関係と、その結婚をめぐる騒動。要するにそれだけの話なのに、これが無類におもしろい。文学や記号論、宗教、生物学など専門的な分野への脱線は知的昂奮をかきたて、三人と親や姉、友人たちとのふれあいはコミカルで笑いを誘い、心理を緻密に掘り下げたかと思うと、テンポよくアクションを活写。緩急自在の文体がすばらしい。どの細部も饒舌にして愉快な仕上がりで、その積み重ねがやがて主筋を盛り上げるという古典小説の伝統が息づく一方、同じエピソードを複数の人物の視点によって再構成しながら少しずつ物語を展開させるという現代文学の技法も奏功。主人公の文学研究が実際の小説として応用され、彼女と相手の男の人生が小説化されたもの、という点では真正のメタフィクションである。こうした華麗な文体と巧妙な技術が凡庸なテーマを支える本書は、まさに「小さな説」という小説の典型例である。