ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Tim Winton の "Dirt Music" と Tom Perotta の "Little Children"

 今日からしばらく出張することになったので、場つなぎに昔のレビューを載せておこう。

Dirt Music

Dirt Music


[☆☆☆☆] 2002年度ブッカー賞候補作。受賞した『パイの物語』と較べても何ら遜色ない出来ばえで、個人的な好みを言えば、本書のほうがむしろ面白いほどだ。不倫話で始まるも室内劇にとどまらず、やがてロード・ノヴェル、最後は冒険小説になるという起伏に富んだ展開で、ロバート・レッドフォードでも映画化してくれないものか。舞台はオーストラリア南部の漁村。裕福な漁師の後妻が家庭生活に悩んでいた矢先、強烈な孤独の匂いを発する男を見つけて関係する。が、すぐに夫に悟られ、男は村を飛び出すのだが、ここからが本書の読みどころ。二人の過去の思い出や、男の場合は旅先で出会った人々とのふれあい、女の場合は家族や村人たちとの交流を通じて、刹那的と思えた男と女の関係が実はそうではなく、二人とも純粋な心をもちながら社会的には異端の存在であり、それゆえ真に共感しあえる間柄だったことが次第に明らかになる。そういう物語の構成が実に巧妙だ。と同時に、主役はもちろん、脇役もすべて、それぞれの人生を感じさせる陰影に富んだ人物で、無駄な動きや会話がひとつもないのもみごと。後半、男が文明生活を逃れ、熱帯のジャングルで生活する様子はロビンソン・クルーソーの冒険そのもので、結末も映画的だ。英語は難易度の高い口語表現が頻出するので、大型の英和辞書が必要。

 …昨日読みおわった Mischa Berlinski の "Fieldwork" と較べると、こちらのほうが数段面白い。基本的には "Fieldwork" と同じく「痴情のもつれ」が描かれているのだが、この言葉から連想されるような三文小説ではない。これほど緻密に心理を書きこみ、かつ起伏のある展開を見せてくれると、ブッカー賞を取れなかった敗因と思われる主題の陳腐さを指摘するのが野暮に思えてくる。出来すぎの結末はご愛敬といったところだろう。
 今回ネットで検索して分かったのだが、本書は、『パトリオット・ゲーム』や『ボーン・コレクター』などで有名なフィリップ・ノイス監督のもとで映画化される予定だという。日本でも公開されれば翻訳が出るかもしれない。
 そういえば、映画化されたトム・ペロッタの『リトル・チルドレン』はもう邦訳が出たのだろうか。"Dirt Music" と較べると、同じ不倫話ながら、いかにもアメリカ的な明朗快活さに満ちている。ぼくの言う「文芸エンタテインメント」の典型のような作品で、底は浅いが気になるほどではない。以下は、昨年のアカデミー賞発表前に書いたレビュー。

Little Children

Little Children

[☆☆☆★★] 長らく積ん読だったが、第79回アカデミー賞関連の原作と知り、あわてて読みだした。なるほど冒頭、遊び場で子供を遊ばせるヤンママたちの会話からして快調そのもの、いかにも映画的な展開だ。白昼堂々、初対面でのキスシーンなど、少々出来すぎではあるが評者の頬はゆるみっぱなし。そうそう、小説はこうでないと。それぞれ家庭をもつ身の二人がやがて再会し、不倫関係に陥るという主筋は定番だが、定石を定石と感じさせない巧みな筆運びにどんどん頁をめくってしまう。ユーモアたっぷりだったり緊張感に満ちていたり、とにかく一つ一つの場面にリアリティーがあり、しかも起伏に富んでいて面白い。これは結局、主役のみならず、脇役たちの人生も丁寧に描かれており、その人生を象徴する事件を背景に、存在感のある人物が次々に登場するからだ。彼らにはそれぞれ題名どおり幼い子供がいるものの、中心は子供というより大人の情景。タッチフットボールの試合の模様や性犯罪者をめぐる騒動など、どのエピソードをとっても副筋とは思えないほど丹念に書きこまれている。副筋と言ったが、一見関係なさそうだった筋が最後、主筋と一つに交わる構成は実に巧妙だ。深い感動を覚えるような作品ではないが、しばし至福の時を過ごせること間違いなし。英語は難易度の高い口語表現も散見されるが、総じて平明な読みやすいものだ。