ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Graham Swift の "The Light of Day"

 出張から戻って以来、どうも読書のピッチが上がらないので今日も昔のレビュー。

The Light of Day: A Novel (Vintage International)

The Light of Day: A Novel (Vintage International)

[☆☆☆★★] 私立探偵が主人公なのにミステリではない文学作品。こんな例は他に、ポール・オースターの『幽霊たち』くらいだろうか。いや、チャンドラーやロス・マクがいるぞ、とミステリ・ファンからは叱られそうだが、ハードボイルド派はまた別の趣のジャンルだと理解している。本書に話題を戻すと、主人公の探偵は元警官で、二年前、ある婦人に夫の素行監視を依頼され、それがどうやら、探偵自身にとっても衝撃的な事件につながったらしい。その事件の全貌が少しずつ明らかにされる過程は、通常のミステリとは別の意味でサスペンスがあって非常に面白い。同時に、その婦人と探偵の関係も次第に明示され、主人公が警察を退職したいきさつや、別れた妻の思い出なども紹介される。つまり、形式的にはハードボイルド小説とほぼ同じパターンなのだが、それでも本書はミステリとは言えない。ここでは、探偵がどんな事件を捜査したかではなく、それをきっかけにどんな人生を歩みだしたかという点に主眼が置かれているからだ。事件の概要、探偵と婦人の関係が見えてきたところで、あとは同じ話の繰り返しという印象を受けるのが気になるが、それは評者が意外な結末を期待したせいかもしれない。微妙なニュアンスをもった省略表現の多い英語だが、今まで接したグレアム・スウィフトの作品の中では、いちばん読みやすいものだった。

 …ぼくは2月28日の日記で、サラ・ウォーターズの "The Night Watch" の邦訳が「推理小説でもないのに推理文庫から刊行されたのは悪しき商業主義の証拠」と書いたが、これには異論も多いことだろう。事実、同書は前にも指摘したとおり、『このミス』では第四位にランクインしているのであり、それゆえミステリ・ファンからも高い評価を受けていることになる。
 しかしながら、ぼくは『夜愁』をミステリとは思わなかった。「ミステリアスな作品ながら、謎そのものは大したことがない」からで、ミステリとしての好評は「ホンマかいなと言うしかない」。アマゾンでビーバーというレビュアーも述べているように、「これは複雑な人間関係の面白さを楽しむ本」であり、謎やその解明よりも、人物同士の絡み合いに主眼がある。従って、少なくとも娯楽小説としてのミステリではない。しかも、解きほぐされた関係を見ると、別に驚くほどのことでもない。
 グレアム・スウィフトの "The Light of Day" もほぼ同様である。「探偵がどんな事件を捜査したかではなく、それをきっかけにどんな人生を歩みだしたかという点に主眼が置かれている」がゆえに「ミステリとは言えない」し、探偵が歩み直す人生も、特に深い問題を提示するようなものではない。人生の問題ではなく情景を描いた作品として較べれば、『長いお別れ』や『さむけ』といったハードボイルドの傑作のほうがむしろ優れている。
 江戸川乱歩が『罪と罰』を探偵小説の名作の一つに挙げていたことは有名な話だが、今どき『罪と罰』をミステリと思っている人は誰もいないだろう。なるほど殺人事件は起きるものの、ニーチェの超人思想にも通じる殺人の動機という「深い問題」を考えると、あれが娯楽小説ではないことは明々白々である。
 "The Light of Day" は『罪と罰』ほど深みのある文学作品ではないし、もちろんミステリでもない。そういう中途半端な点が災いして今まで翻訳が出ていないのかもしれないが、ミステリとミステリではない小説の相違を知るにはもってこいの作品だ。前にも述べたように、「別にジャンルなんてどうでもいいとは思うけれど」、ジャンルの違いがあることも事実。本書や "The Night Watch" 、2月14日に採りあげた Rupert Thomson の "Death of a Murderer" などを読むと、クロスオーバー的な作品の実態が分かって面白い。