ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Penelope Lively の "According to Mark"

 本来ならこの時期、年度末ということで少しはのんびりできるはずなのだが、公私ともどもにわかに多忙を極め、読書やブログどころではなくなった。よってしばらく昔のレビューでお茶を濁すしかない。

[☆☆☆★★★] 日本におけるペネロピ・ライヴリーの評価は不当に低すぎる。新刊で入手可能な訳書は少ないし、某社版『現代英語作家ガイド』でも採りあげられていない。しかしじつは、彼女の小説はどれを読んでもおもしろい。本書も名作『ムーンタイガー』にこそ一歩譲るものの、英国小説のファンなら至福の一日を過ごせることまちがいなし。主人公は中年の伝記作家で、ある有名作家について調査を進めるうち、その孫娘と妻帯者の身ながら関係……なんだ、月なみな話ではないかと侮るなかれ。この一見凡庸ともいえる設定から、ライヴリーは通俗的な展開を排し、おおかたの読者の予想を超える意外な物語をつむぎ出して見せる。その豊かなストーリー性に加え、正確な人物造形、精緻をきわめた心理描写、緊張感のある会話、どれをとっても文句のつけようがない。物語の進行とともに主な登場人物が「自分の顔」を発見、あるいは暴露するという流れも定番ながら秀逸。書中、オースティンやハーディの話が出てくるからというわけでもなく、英文学の伝統の重みを感じさせる作品である。それでも本書は84年度のブッカー賞を逃したのだから、ただもう相手がわるかったとしかいいようがない。

 …84年にブッカー賞を取ったのは、アニタブルックナーの『秋のホテル』。僅差でブルックナーのほうが上回っているが、本書もなかなか捨てがたい。時間があれば、ペネロピ・ライヴリーのことは、もっともっと書きたい…