ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Anita Brookner の "Making Things Better"

 連日の「自宅残業」で勤務先の仕事はなんとか目途がついたが、別件がまだ残っているので今日も昔のレビュー。前回の流れでアニタブルックナーを採りあげることにした。

Making Things Better (Vintage Contemporaries)

Making Things Better (Vintage Contemporaries)

[☆☆☆★★★] 結末の余韻にひたりながら、何気なく冒頭部分を読み返してみると、そこが全編の主題を象徴的に暗示していたことに気づいて、しばし呆然。いきおいその先を読むと、これが初読のとき以上に面白く、一気に最後まで読み直してしまった。こんな経験は初めてだ。推理小説なみに張りめぐらされた伏線、一語たりとも無駄のない描写、計算しつくされた緊密な構成などなど、最初は気がつかなかった本書の美点に目から鱗が落ちる思い。あえて弁解すれば、物語の進行がゆるやかなだけに、地味な印象に惑わされたのだ。しかし考えてみれば、何しろ主人公は73歳の孤独な老人。派手な展開を期待するほうが間違っている。老人は、家族のために尽くして報われず、子供を作らないまま妻と別れ、離婚後、初恋の相手にプロポーズしてふられ、今では公園の落葉を観察したりしている。身につまされる読者も多いはずだ。「恋と孤独、後悔は、人類共通の嘆きの種」という箴言が出てくるが、これは本書を要約した言葉でもあるだろう。英語は難解というほどではないが、細心の注意を要求される箇所もあり、非常に知的で緻密な文章だ。

 …アニタブルックナーは日本でも固定ファンのいる作家だが、渋くて地味な作風なので最初から夢中になった人は少ないはずだ。その点、ブルックナー交響曲と同じことが言えるかもしれない。音痴のぼくは、朝比奈が振ったフローリアンの第七と出会うまで、何を聴いても眠くて仕方がなかった。が、いったん面白さが分かってみると、どれも似たような曲なのにどれもハッとする瞬間がある。アニタブルックナーの小説もそうだ。

 何冊か読んだ範囲で言えば、この作家は時間をかけて構想を練り、文章も細心の注意を払いながら書いているような気がする。それだけに、読む側もじっくり腰を据えてつきあう必要があるわけだが、今はなにしろ、その魅力について詳しく書く余裕がない。非常に残念だ。