ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Lisa See の "Peony in Love"

 アメリカで話題のベストセラー、Lisa See の "Peony in Love" をやっと読みおえた。

Peony in Love: A Novel

Peony in Love: A Novel

[☆☆☆★★] ゴースト・ストーリー仕立てのメロドラマでそこそこ楽しめる。恋愛小説は困難や障害が多いほど面白いものだが、本書の場合、ヒロインの死によって二人は永遠に引き裂かれるというのだから、これにまさる障害はない。舞台は明が滅び、清の時代が始まったばかりの杭州西湖のほとりの田舎町。結婚を間近にひかえた名家の箱入り娘が、自宅で催された恋愛歌劇の上演中に美青年を見そめ、許されぬ恋に落ちて絶望、のちにその相手が自分の婚約者だったことが分かるものの、時既に遅く、衰弱した娘は命を引きとる…という第一部は正直言って眠かった。が、甘ったるいメロドラマが一転、ゴースト・ストーリーと化す第二部から俄然、面白くなる。娘の霊は冥界をさまよいながら男を見守り、やがて嫁いできた妻にとり憑き、妻を通じて男に思いを伝え、自分の「存在」を男に気づかせようとする。本質的には終始一貫、メロドラマだが、生者と死者が入り乱れるなか、娘の霊が悪戦苦闘しながら男と添い遂げようとする姿はけっこう感動的。明、清時代の歴史ロマンのおもむきもあり、テーマは永遠の愛ということで平凡でも、これだけ工夫がほどこされていれば文句はない。英語は簡単で読みやすい。

 …上の「恋愛歌劇」とは、一度死んだ女が生き返り、男と結ばれるというゴースト・ストーリー風恋愛劇で、著者の「あとがき」をもとに検索すると、湯顯祖 (Tang Xianzu) 作の『牡丹亭』(Peony Pavilion) という実際に存在する作品だった。さらに、本書のヒロイン、Chen Tong と、男の二人の妻、Tan Ze, Qian Yi も実在の人物で、三人が『牡丹亭』に注釈を加えた "Three Wives' Commentary of the Peony Pavilion" という本も現存するらしい。この本にまつわる話は本書にも出てくる。
 ぼくはふだん、著者の「あとがき」などめったに読まないが、珍しく背景知識を仕入れる気になったのは、本書はもちろんフィクションに違いないけれど、これだけ中国の昔の風習が出てくるからには当然、元になる話がいくつかあるはずだと思ったからだ。中国の幽霊、妖怪といえば、小学生のころに読んだ『西遊記』と、吉川英治の『水滸伝』くらいしか「知識」がないので何とも言えないが、中国通の読者なら、本書のエピソードから民間伝承その他、元ネタを推測する楽しみも加わり、さぞ興味は尽きないことだろう。
 けれども、予備知識など皆無に等しいぼくの感想は上のレビューに尽きている。幽霊が生者に働きかけ、幽霊同士が語り合い、争い、生者が死者と結婚し、その霊を弔う。そういうゴースト・ストーリーゆえに、陳腐なメロドラマが「生き返っている」。たぶん、その点がアメリカ人には斬新に思えるからこそ、本書はこのところずっと、ニューヨーク・タイムズでベストセラーになっているのだろう。
 ぼくも「これだけ工夫がほどこされていれば文句はない」のだが、それでも「そこそこ楽しめる」程度の印象しか残らなかったのは、なにしろテーマがテーマだけに食傷気味だから。著者は「あとがき」で『若きウェルテルの悩み』を引き合いに出しているが、ゲーテの名作に衝撃を受けた若かりしころと同じ感受性があれば、本書も夢中で読んでいたかもしれない。まったく、年は取りたくないものだ。