ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Patrick Taylor の "An Irish Country Doctor"

 読了したのは昨日なのに、まだ余韻が残っている。「ニューヨーク・タイムズのベストセラー」という看板どおりの秀作である。

An Irish Country Doctor (Irish Country Books)

An Irish Country Doctor (Irish Country Books)

[☆☆☆★★★] ベルファストで研修を終えたばかりの若い医師が、開業医としての適性を見極めるべく、近郊の村でヴェテラン医師に師事。父親の戦友だったというこの田舎医者がまずユニークで存在感たっぷりだ。酒好きの大男で、その治療法も風変わり。ずらっと並んだ患者にお尻を突きださせ、服の上から次々に注射していくなど、随所にコミカルな場面があって楽しい。若い医師は最初首をかしげるが、患者たちもエキセントリックな人間が多く、てきぱきと臨機応変に対応する姿を見て、じつは意外に名医なのではないかという気がしてくる。診察を通じて、患者の容態のみならず、性格や人生そのものまでも浮かびあがる構成が見事で、田舎のことゆえ往診もあり、ローカル色豊かな村の風景に心がなごむ。若い医師は優秀な腕前を発揮したり、誤診を気に病んだり、はたまた恋の病にかかったり。それを人情に厚いヴェテラン医師が、自分の心の傷は隠しつつ、時に声を荒げて優しく指導する。これは、患者の治療を通じてみずから成長していく医者の物語である。最後、主な患者をはじめ村人たちが集まり、村を出て行く家族の門出を祝うお別れパーティーの模様がすばらしい。酒が酌みかわされ、バグパイプの音色が流れ、涙と笑いが入り混じるなか、コミュニティーの一員としての医師の存在意義が実感される。「この村が大好きだ」という主人公の結びの言葉が泣かせる。語彙レヴェルはやや高く、方言混じりの会話に最初は戸惑うかもしれないが、総じて標準的な英語だと思う。

 …おしゃべり編は昨日まで4回にわたって書いてきたので、付け足すことはあまりない。ぼくは見落としていたが、どうやら昨年、アメリカで現タイトルのハードカバーが出版されたときからベストセラーになっていたようだ。ニューヨーク・タイムズは見識を疑う記事も多いが、ベストセラー・リストだけは信用していい!?