今年のブッカー賞候補作の一つ、William Trevor の "Love and Summer" を読みおえた。さっそく、いつものようにレビューを書いておこう。
[☆☆☆★★★] タイトルどおり、ひと夏の恋という古びたテーマなのに、少しも古臭さを感じさせないどころか、かえって静かな感動が心にしみる秀作。20世紀中頃、ある年の夏、
アイルランドの田舎町で青年が
若い女を見そめ、女も夫がいる身なのに恋に落ちる。陳腐な筋立てで、以後の展開も結末もだいたい読める。が、二人の恋は、現代ではもはや考えられないほど(関係はもつのに)
プラトニック。出会ったときから終始、その心の中に深い葛藤があるからだ。失意と傷心のうちに海外へ去ろうとしている男。孤児院で育った清純だが孤独な後妻。そんな二人の立場ゆえ、その恋の苦しみは今まで生きてきた人生そのものの苦しみと重なっている。そういう葛藤が胸を打つ。二人の恋の行く末を左右する脇役陣の人生もまた重い。やはり心に深い傷を負った人物たちばかりで、そのエピソードが主筋と交錯し、読んでいる途中は無関係なように思えるが、じつは確かな計算のもとに構成され、ほとんど決定的な役割さえ果たしていることがあとで分かる。これは予想外の展開で、まさに名人芸としか言いようがない。恋人たちはもちろん、周囲の人物もふくめた心の葛藤劇となっている点がすばらしい。難易度の高い語彙も散見されるが、英語は総じて標準的なもので読みやすい。