ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Toni Morrison の "A Mercy"(1)

 ニューヨーク・タイムズ紙が選んだ一昨年の最優秀作品のひとつ、Toni Morrison の "A Mercy" をやっと読みおえた。さっそく、いつものようにレビューを書いておこう。

A Mercy

A Mercy

[☆☆☆★★★] 舞台は17世紀、奴隷制度が確固として存在したアメリカ、メリーランド州の農園。黒人奴隷が一人の人間として生きることの厳しさを描いたものだが、と同時に、孤独に耐えて生きる現代人の姿を重ねあわせることも可能。歴史小説でありながら非常に現代的なテーマを持った作品と言える。ここには主人公の若い黒人娘をはじめ、農園主とその妻、召使い、その他の奴隷など、いずれも自分の家族と生き別れた孤児たちが登場する。愛情豊かな夫妻は子宝に恵まれ、一時は農園全体が幸福な家族であるかのようだったが、やがて子供たちは次々に死亡、農園主も他界し、妻も病の床に倒れたあと、農園は崩壊寸前。ざっとそんな歴史が黒人娘の独白と、周囲の人物たちが交代で主役をつとめる客観描写によって語り継がれる。同じ事件でも、のちに別の視点でとらえられるという輪唱、合唱形式だ。黒人娘のラブロマンスもあるが、孤独な人間同士の結びつきという安易な解決策はいっさいない。愛する者との別離を強いられ、過酷な運命を背負いつつも、心の自由を保って生き続けようとする。希望にあふれているわけでも絶望に満ちているわけでもない人生。そんな黒人奴隷の姿は、孤独な現代人の生き方に通じるものがあり、読後静かな感動を与えられる。タイトルの「慈悲」の意味も心にしみる。詩的寓話的な独白など非常に緊密な文体で、英語的にも読みごたえ十分だ。