ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

オレンジ賞発表(2010 Orange Prize for Fiction)

 今年のオレンジ賞は、大御所 Barbara Kingsolver の "The Lacuna" に決定した。ぼくが勝手に大本命に推していた Lorrie Moore の "A Gate at the Stairs" は見事に落選。でもまあ、"Wolf Hall" とあわせて二冊しか候補作を読んでいなかったのだから、予想が外れるのもむべなるかな。ともあれ、Kingsolver はその昔、"Prodigal Summer" を夢中で読みふけった作家なので、今回の受賞を大いに祝福したい。受賞作は例によって大作のようだ(688ページ)。 夏休みにでもじっくり読むことにして、今日はその代わり、"Prodigal Summer" の昔のレビューを再録しておこう。

The Lacuna

The Lacuna

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Prodigal Summer: A Novel

Prodigal Summer: A Novel

[☆☆☆☆★] 古来、西欧人にとって自然は征服の対象だった。むろん、文学の世界では早くから自然描写を得意とする作家が何人も現れたが、一般的には長らく文明と自然の対立という図式に大きな変化はなかったように思う。ところが1962年、レイチェル・カーソンが『沈黙の春』を発表。以来、環境保護運動が世界的に広がったのは周知の事実だ。それからほぼ40年後に登場した本書は、エコロジーの問題を採りあげ、自然を人間にとって共存の対象としてとらえた本格的な小説として文学史に残る傑作である。生硬な主義主張はみじんもない。アパラチアの山中と農場で暮らす人々を中心に、人生の有為転変、悲喜こもごもが説得力ある筆致で描かれ、家族とは、夫婦とは、隣人とは、恋愛とは…という問いが常に発される一方、そういう人間の営みと並行する形で、動植物をはじめとする自然の営みが愛情をこめて詩情豊かに謳いあげられる。さまざまな対立や誤解もあれば、激しい情熱や心温まる交流もある人々の動き。単なる背景では決してなく、あくまでも人間生活に密着した草花や虫、鳥や動物の生活。そして人は自然の移ろいを見て、おのが人生を顧みる。以上のような文脈の中で生態系のもつ意味が語られるのだ。名作のゆえんである。ところが、現時点ではまだ邦訳は刊行されていない。キングソルヴァーの代表作はもちろん『ポイズンウッド・バイブル』だが、次作の本書も早く日本の一般読者に紹介して欲しいものだ。英語は難易度の高い口語表現が散見されるし、馴染みの薄い動植物等の固有名詞が頻出するものの、全体的にはそれほど難しくないと思う。