大変遅まきながら、去年のオレンジ賞受賞作、Barbara Kingsolver の "The Lacuna" をやっと読みおえた。さっそくいつものようにレビューを書いておこう。
[☆☆☆☆] 前半はやや忍耐を強いられたが、中盤を過ぎたあたりでエンジン全開。終わってみれば、ホエザルの啼き声で始まる冒頭の象徴的な意味も、さほど劇的とも思えなかった前半の位置づけもよくわかり、これはやはり十分に計算しつくされた大変な力作である。舞台は、
メキシコ革命、
世界恐慌、
トロツキーのメキシコ亡命と暗殺、第二次大戦、
赤狩りとつづく激動の20世紀のメキシコと
アメリカ。主人公は、のちに歴史ロマンスを書いて有名となる作家で、その少年時代からの日記を中心に、書簡や作家の秘書による注釈、新聞記事、さらには法廷記録などもまじえながら、青年作家の「lacuna」、すなわち空白の人生を次第に再構成していくという叙述形式と展開だ。前半で「忍耐を強いられた」一因としては、たとえば主人公が
トロツキーの秘書となり、その亡命生活と暗殺の一部始終を目撃しているわりには両者の関係が希薄で、世界史的に重要な人物の登場する意味が伝わってこない、といった点が挙げられる。が、じつはその「希薄な関係」こそ、後半の急展開の鍵なのだ。歴史が大きく変動するとき、人間の運命も大きく左右されるのは世の常だが、変化の瞬間には歴史の渦に巻きこまれていることがわからないかもしれない。そうした運命の過酷さを描いている点で、本書はきわめて正統的な
歴史小説である。また、大衆ヒステリーの恐怖を扱った社会小説としても記憶にのこる作品だろう。英語は難解とまでは言えないが、語彙レヴェルはかなり高いほうだと思う。