ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Damon Galgut の “In a Strange Room”(1)

 今日は朝のうち「自宅残業」に励んだが、昼過ぎから本書の残りに取り組み、ジョギングに出かける前に何とか読みおえた。これで今年のブッカー賞最終候補作をぜんぶ読了したことになる。さっそく例によってレビューを書いておこう。

[☆☆☆☆] 感服した。心の底に秘めた愛情が静かにうねり、やがて次第に高まり、最後は嵐のように吹き荒れるものの、また元のさざ波へと戻っていく。南ア共和国の白人男性が青年期から中年にかけて体験した三つの大きな事件を描いた長編、というより実質的に連作中編集である。青年時代の彼はたえず旅をして「見知らぬ部屋」に泊まりつづけ、各地を転々としている。根無し草のように存在基盤をもたず、つねに孤独な男が旅先で見知らぬ相手と出会い、心を惹かれる。沈黙と静寂のうちに不安や緊張、焦燥、愛と憎しみ、喪失感や虚無感などさまざまな感情が交錯する。中年となった第3部では、心の病に冒された母親と旅行に出かけたとき、それまでと打って変わって一気に感情が爆発。母の看病に身も心も疲れ果て、苛立ちや怒りはおろか、時には憎しみさえもおぼえて口にする。その壮絶な戦いに、家族とはけっして愛情だけで結びつくものではないと、あらためて思い知らされ絶句。とはいえ、そこにはやはり熱い感情が流れている。古来、人生は旅にたとえられてきたが、本書で男が旅をしながら結ぶ、近くて遠い、遠くて近い人間関係は、まさに現代人の生きかたそのものである。愛と孤独、実存の不安を抑制した文体で綴った秀作である。