去年のアレックス賞受賞作のひとつ、Kevin Wilson の "Tunneling to the Center of the Earth" を読みおえた。さっそく、いつものようにレビューを書いておこう。
[☆☆☆★★] どの話もいささか奇異な設定で始まり、一風変わった人物が登場するものの、最後はおおむね希望の光につつまれ、ハッピーな気分にひたれる好短編集。たとえば、第1話の主人公は
核家族の子供たちの代理祖母をつとめる老婦人で、冒頭を少し読んだだけで本書の楽しさが予感できる。母親の遺言で扇風機を回し、最後までテーブルに残った
千羽鶴を折った息子が屋敷を相続するというドタバタ劇は痛快そのものだが、幕切れはハートウォーミング。表題作では、大学を出たばかりの3人の若者がある日突然、主人公の家の庭に穴を掘りはじめ、それがやがて街中の地下トンネル網となる。ひたすら穴を掘るだけで、
モラトリアム人間の体験記とも言えそうだが見事な青春小説となっている。同じ男が何度も拳銃自殺しながら生き返るというショーの見物談はおぞましい話ではあるが、読後感は意外に爽やかだ。ほかにも、両親が自然発火して爆死した若者や、生まれたばかりなのに歯が生えそろっている赤ん坊が登場するなど、
怪奇小説ないしフリーク・ショーまがいの物語が連続するのにじつに楽しい。そんな中、カバー絵と関係する最長の短編は唯一、正統派の青春小説かもしれない。内気な高校生の娘が母親の勧めでしぶしぶ
チアリーダーをつとめる一方、モデルカーの製作に励んでいる。と、そこへ彼女をじっと見つめる年下の少年が…。とにかく一服の清涼剤とも言うべき短編集だ。英語はごく標準的で読みやすい。